ダックス再建の光と影:スティールとジョーンズ失敗から得た教訓

NHLチーム紹介

はじめに

 アナハイム・ダックスの歴史において、レオ・カールソンら現若手スターの台頭と、ゲッツラフら黄金時代の終焉に挟まれた「空白の時代」をご存知でしょうか。そこには確かに、次代のコアと目されたサム・スティールとマックス・ジョーンズへの大きな期待がありました。

 本稿では、かつての1巡目指名コンビがなぜアナハイムで花開かなかったのか、その背景にあるチームの過渡期と、彼らが残した教訓を深く分析します。🏒

参照記事:The Hockey Writers「The Anaheim Ducks’ “Lost Championship Core” of Sam Steel & Max Jones

サム・スティール:殻を破れなかった技巧派センターの苦悩

 2016年のNHLドラフト、全体30位で指名されたサム・スティールは、当時のダックスにとって「次世代の司令塔」そのものでした。

 身長5フィート10インチと小柄ながら、ジュニア時代のレジーナ・パッツ(WHL)で2年連続100ポイント超えを記録したその攻撃センスは、スカウト陣から「将来のセカンドライン・センター」と確信されていたのです。当時の主要評価も以下の通り、高い水準で一致していました。

Hockeyprospect.com:55位
ISS Hockey:40位
Future Considerations:35位
McKeen’s Hockey:35位
NHL Central Scouting(北米):30位
TSN/マッケンジー:41位

【讃岐猫🐈の深掘りコラム】2016年ドラフトの「過大評価」を再考する:サム・スティールが証明した「期待」の賞味期限

 2026年4月現在、スタンレーカップ・プレーオフが激戦を繰り広げる中、ダラス・スターズのボトムラインで玄人好みの輝きを放つサム・スティールの姿には、2016年当時の喧騒は微塵も感じられない。

 かつてアナハイム・ダックスが1巡目30位で彼を指名した際、北米の主要スカウト組織が「次世代のスター」としてその名を連ねた事実は、現在の彼のプレースタイル――献身的なペナルティキル(PK)や高い守備意識を武器とするロールプレーヤーとしての成功――とは大きな乖離がある。

 当時の評価を振り返れば、McKeen’s HockeyやFuture Considerationsが35位、NHLセントラル・スカウティングが北米スケーターの30位に据えるなど、その「技巧派センター」としてのポテンシャルには疑いの余地がなかった。

 しかし、2026年の視点から分析すれば、当時のスカウト陣は彼の「ホッケーIQ」を過信し、NHLの物理的な壁に対する「サイズとパワーの欠如」という決定的なリスクを過小評価していたと言わざるを得ない。

 スティールが2025年2月にスターズと締結した2年総額420万ドルの契約延長は、彼が「1巡目のスター」ではなく、年間10ゴール強を安定して供給する「信頼厚き守備的フォワード」としてNHLに最適化した結果である。

 皮肉なことに、2026年シーズン終盤の彼は股関節の負傷から復帰し、レギュラーシーズン最終戦で12ゴール、33ポイントという自己ベストに近い数字を残してポストシーズンに臨んでいる。

 かつての「ハットトリックを量産するエース候補」という幻想は消え去ったが、リーグ屈指のPKユニットを支える存在感は、ドラフト時の「華やかな評価」よりもはるかに実質的な価値をチームに提供している。

 ドラフト時のランキングとは、選手の完成図を予測するものではなく、あくまで当時の「市場の期待」の投影に過ぎない。スティールのキャリアは、その期待を裏切ったのではなく、NHLという冷酷なプロの世界で生き残るために、自らの評価を塗り替えてきた闘争の歴史そのものである。

出典:NHL.com, “Dallas Stars sign Sam Steel to a two-year, $4.2 million contract extension“, 2025/02/14

出典:Officepools, “Stats for player Steel, Sam #18 (C) – Dallas Stars – 2026 Playoffs“, 2026/04/15 等。

 彼のキャリアが一度輝いたのは、21歳でのダックス史上最年少ハットトリック達成時でした。卓越したホッケーIQと視野の広さを持ち、鋭い切り返しで相手を翻弄するスタイルは、まさに技巧派の極致。しかし、NHLの舞台は残酷でした。

 身体能力の差が如実に出るボード際でパックをキープできず、ジュニア時代のような自由なスペースを奪われてしまったのです。

 守備面でも信頼を勝ち取るには至らず、2020-21シーズンを終えても成績は20ポイント台に停滞。期待された成長曲線を描けぬまま、チームは2022年にクオリファイング・オファー提示の見送りを決断します。

クオリファイング・オファー(Qualifying Offer)

 チームが制限付きフリーエージェント(RFA)となる若手選手に対し、「翌シーズンの保有権」を継続するために提示しなければならない最低限の契約条件を指す。

 このオファーには、リーグの労使協定(CBA)に基づき、前年の年俸額に応じた一定の増額(または維持)が義務付けられている。2026年現在の規定では、概ね以下の基準が適用される。

前年年俸66万ドル未満:110%の提示

66万ドル~100万ドル:105%の提示

100万ドル超:100%の提示

 チームがこの期限までにオファーを出さない(ノン・テンダー)場合、選手は完全に自由な無制限フリーエージェント(UFA)となり、どのチームとも自由に契約できる。

 サム・スティールやマックス・ジョーンズの事例のように、1巡目指名選手であっても「期待される成長曲線に対してQOのコストが見合わない」と判断された場合、チームは保有権を放棄し、放出を決断することになる。これは、サラリーキャップ制度下におけるシビアな戦力整理の一環である。

 無制限フリーエージェントとなった彼は、ワイルドを経て2023年7月1日にダラス・スターズと1年契約を締結しました。かつてエースの座を期待された逸材は、優勝を狙うチームのボトムラインを支えるバイプレイヤーとして、生き残る道を選ぶことになったのです。🏒

ダックス時代のスティール、ノールックでこのプレー、確かに上手い。

マックス・ジョーンズ:現れなかったパワーフォワード

 サム・スティールと共にダックス再建の双璧を成すはずだったのが、同じ2016年ドラフトで全体24位指名を受けたマックス・ジョーンズでした。身長6フィート3インチ、体重220ポンドという恵まれた体格は、まさに「理想のパワーフォワード」そのもの。

 技巧派のスティールに対し、フィジカルで敵陣を粉砕するジョーンズの存在は、チームにとって完璧な補完要素となるはずでした。

 ジュニア時代のロンドン・ナイツでは、ミッチ・マーナーやマシュー・カチャックらと共にプレーし、勝利の文化を吸収。ゴールへ一直線に向かう「ノースサウス型」のスタイルで、強烈なチェックと重いシュートを武器に、ゴール前でカオスを生み出す役割を期待されていました。

 カチャックのような、パワーと闘争心、そして高いスキルを兼ね備えた支配的な選手への進化を、誰もが疑わなかったのです。

 しかし、現実は残酷でした。彼の最大の壁となったのは、プレーの安定感とホッケーセンスの不足です。フィジカルで圧倒する場面はあっても、長時間存在感が消えてしまうことが多く、パック保持時の判断ミスから手痛いターンオーバーを招くシーンも散見されました。

 さらに度重なる負傷が成長の芽を摘みます。長期離脱を繰り返したことで、ラインメイトとの連携や好調なリズムを維持する機会を失っていきました。

 結局、年を追うごとに期待された破壊力は影を潜め、攻撃力の伸びも限界に達しました。2024年、制限付きフリーエージェントとなった彼に対し、ダックスはついに保有権維持を断念。クオリファイングオファーを送らず、かつての1巡目指名選手との決別を選びました。

 現在はエドモントン・オイラーズに所属していますが、下半身の負傷で2~3週間の離脱中。未完の大器は、新天地でもいまだ試練の渦中に立たされているのです。🏒

ダックス時代のジョーンズ、まさに「パワー・フォワード」。

過渡期の混迷:強豪の黄昏と育成環境の不一致

 スティールとジョーンズが期待通りの成長を遂げられなかった背景には、当時のアナハイム・ダックスが直面していた「過渡期」という深い闇がありました。2007年のスタンレーカップ制覇から続く黄金時代の残光にしがみつきつつ、避けられない老朽化に抗う。

 チームはライアン・ゲッツラフやコーリー・ペリーといったレジェンドの影を追いながら、未熟な若手を無理やり当てはめようとする、極めて歪な再建の渦中にあったのです。

 スティールがデビューした2018-19シーズン、チームの下降線は誰の目にも明らかでした。主将ゲッツラフは33歳を数え、長年の相棒ペリーはダラスへ去り、闘将ライアン・ケスラーは度重なる負傷で全盛期の輝きを失っていました。

 カム・ファウラーらディフェンス陣も崩壊する守備を支え切れず、チームはリーグ27位に沈みます。2011-12以来となるプレーオフ進出逸失は、栄光の終焉を告げる残酷な審判でした。

 何より、ランディ・カーライル体制のコーチングが若手の芽を摘みました。守備重視でフィジカルな規律を叩き込むカーライルのスタイルは、スティールのような「自由な創造性」を武器とする技巧派にはあまりに窮屈でした。

 本来、若手には失敗を許容する成長のための試行錯誤が必要ですが、一度のターンオーバーでベンチへ送られる環境では、彼らの自信は萎縮する一方でした。

 ジョーンズもまた、この育成の機能不全に飲み込まれました。チームは彼にゴール前での暴力的な存在感を求めましたが、肝心のパスを供給するプレーメーカーが不在だったのです。結果、彼は攻撃センスを磨く機会を奪われ、守備的役割に終始するチェックラインでの起用を余儀なくされました。

 2021年のボブ・マレーGM解任とパット・バーベックの就任は、この中途半端な体制との決別でした。バーベックは、ゼグラスやカールソンを中心とする「完全な新陳代謝」を断行。その冷徹なまでのビジョンにおいて、停滞した1巡目コンビに割く席は残されていなかったのです。📉

【讃岐猫🐈の深掘りコラム】破壊と創造:パット・バーベックが断行した「勝者の文化」への外科手術

 2026年4月現在、アナハイム・ダックスが8年ぶりにプレーオフの舞台へ返り咲いた事実は、パット・バーベックGMによる再建が正解であったことを雄弁に物語っている。2021年の就任以来、彼が断行したのは単なる選手の入れ替えではない。

 前任のボブ・マレーが築いた「かつての栄光の残り香」に固執する中途半端な体制を根底から覆す、極めて冷徹で戦略的な「文化の外科手術」であった。

 バーベックの最大の変革は、ドラフト戦略とロスター構成における「妥協の排除」である。彼はレオ・カールソンやベケット・セネッケといった、下馬評を超えたポテンシャル重視の指名を連発し、同時にチームの象徴であったトレバー・ゼグラスやジョン・ギブソンを「unsatisfactory(不十分)」と囁かれる見返りであっても放出する決断を下した。

 これは、個人の華やかなスキルよりも、勝利に直結する規律と組織的な役割を重視する彼のビジョンの表れである。2026年シーズン、カッター・ゴーティエがリーグ屈指の38ゴールを叩き出し、ルカス・ドスタルが30勝を挙げる守護神へと成長した背景には、バーベックが構築した「若手が主役として責任を負う」環境が不可欠であった。

 さらに、バーベックはベテランの使い道も再定義した。単なる功労者の維持ではなく、ラドコ・グダス(現主将)やヤコブ・トルーバといった「強固な芯」を持つベテランを意図的に配備し、若き才能たちに勝者のメンタリティを直接注入させたのである。

 2024-25シーズンの21ポイント増という跳躍を経て、今季のプレーオフ進出を確実にした現在、ダックスはもはや「再建チーム」ではない。パット・バーベックという冷徹なリアリストが導き出した「新陳代謝」の結実により、アナハイムには今後10年を見据えた「常勝軍団」の基盤が完成したのである。

出典:NHL.com, “Verbeek signs multiyear contract to remain Ducks GM“, 2026/04/10

The Hockey News, “Anaheim Ducks Extend General Manager Pat Verbeek“, 2026/04/11

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皮肉な結末と「橋渡し」の役割:新時代への教訓

 現在のアナハイム・ダックスは、レオ・カールソン、カッター・ゴーティエ、パヴェル・ミンチュコフ、メイソン・マクタヴィッシュといった、眩いばかりの才能が躍動する新時代を謳歌しています。

 皮肉なことに、パット・バーベックGMが構築したこの強固なコアは、かつてチームがスティールとジョーンズに夢見た「スキル、サイズ、支配力」を完璧な形で体現しています。彼らは、かつての1巡目コンビには与えられなかった「安定した基盤」の上で、着実にその才能を開花させているのです。

 一方で、チームを去った二人の現状もまた、NHLの厳しさとプロとしての矜持を物語っています。サム・スティールは現在、ダラス・スターズでボトム9の役割を見事に遂行し、優勝を狙える強豪の貴重なピースとして貢献しています。

ボトムナイン

 チームの全4ライン(12人のフォワード)のうち、スター選手が集まる第1ラインを除いた第2、第3、第4ラインに属する合計9人のフォワードを指す総称である。

 現代のNHL、特に2026年現在のトレンドでは、単なる「控え」としての役割を超え、以下の2つの側面で語られることが多い。

セカンダリー・スコアリング:第1ラインが徹底マークに遭った際、第2・第3ラインがいかに得点を補完できるか。

守備的ロールプレーヤー:相手のエースを封じ込める「シャットダウン」の役割や、数的不利(PK)での献身的な守備。

 サム・スティールのように、かつてドラフト1巡目で「トップライン(第1ライン)」候補だった選手が、自身のプレースタイルを適応させ、強豪チームの第3・第4ラインでこの「ボトムナイン」としての価値を確立することは、リーグで長く生き残るための極めて現実的かつ重要な生存戦略といえる。

 当初期待された「セカンドライン・センター」という華やかな評価からは遠ざかりましたが、己の限界を認め、役割を再定義することでNHLでの確固たる居場所を築き上げました。

 ジョーンズもまた、エドモントン・オイラーズという優勝候補の一角に名を連ねています。現在は下半身の負傷で2~3週間の離脱を余儀なくされていますが、健康な時にはそのフィジカルを武器にチームに厚みをもたらしています。

 彼らはアナハイムでは「失敗」と見なされたかもしれませんが、新天地で泥臭く生き残るその姿は、プロとしての意地そのものです。

 アナハイムにとって、彼らは栄光を築く主役にはなれませんでしたが、次世代への「橋渡し」として重要な役割を果たしました。彼らの停滞から得た教訓――育成における忍耐、適切なサポート体制、そして中途半端ではない完全な再建への舵切り――は、現在の若手育成に色濃く反映されています。

 カールソンは沈みゆく泥舟を救う重圧を背負わされるのではなく、整備された環境で守られながら育っています。スティールとジョーンズが費やした苦悶の時間は、今のダックスが誇る若きスターたちの血肉となり、組織の肥やしとなっているのです。🔗

まとめ

 かつてダックスが夢見た二人の輝きは、アナハイムでは結実しませんでした。しかし、彼らが「空白の世代」として荒波に揉まれた苦悶こそが、現在の若きスターが伸びやかに躍動するための絶対的な礎となったのです。

 二人が新天地で見せた意地と組織が流した涙は、今、再び黄金時代を掴むための強固な意志へと昇華されました。彼らの未完の夢は、新時代の栄光の中で今も熱く、激しく、息づいているのです。🏒🔥

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