はじめに
NHL公式サイトに登場したよだれモン企画、過去のドラフトの歴史を振り返り、(ドラフト60周年にちなみ)史上最高のドラフト指名選手60人選出の第3弾です。今回は50~46位までの5人、先に言っちゃいますが、ディフェンスマンの登場です!
前回の記事はこちら→☆。
配信でNHLを見る時、ロシアや東欧出身の選手に注目しているのですが、今回の順位にはロシア出身の現役選手も登場します。現役選手と言えば、NHLの現役超スター選手の1人、第1巡目・1位指名選手も含まれています。
フォワード陣の実績は数字で分かりやすいから、
やはり他のポジションより優位な感じするにゃ。
今回のディフェンスの選手は貴重だよ!
引用元:NHL.com「60 Diamonds: Greatest picks from 60 NHL Drafts, Nos. 50-41」。
「トリプルクラウン」ラインの1人が登場!
50.マルセル・ディオンヌ、F(フォワード)、(149ポイント)
指名順:デトロイト・レッドウィングス、第1巡目(全体2位)、1971年
1971-72シーズン、ディオンヌは、77ポイント(28ゴール、49アシスト)でNHL新人記録を樹立し、1974-75シーズン、121ポイント(47ゴール、74アシスト)でNHL3位になりました。
しかし、ディオンヌのキャリアは、翌シーズン、ロサンゼルス・キングスと契約した後に軌道に乗っていきました。ディオンヌはチャーリー・シマー、デイブ・テイラーとの「トリプルクラウン」ラインの中心選手として、5シーズン連続100ポイント(1978-83)を記録しています。
※チャーリー・シマー、デイブ・テイラー=上記、前回記事参照のこと。
彼の8回にわたる100ポイントを記録したシーズンは、ウェイン・グレツキー(15)、マリオ・レミュー(10)に次いでNHL史上3位となっています。
※マリオ・レミューに関しては、「オイラーズのコナー・マクデイビッド、シーズン60ゴール達成! 」を参照のこと。
1989年に引退した時、ディオンヌの731ゴールよりゴール数が多かったのはゴーディ・ハウ(801)だけで、1,771ポイント以上はハウ(1,850)とグレツキー(1,837ゴール)だけでした。1992年、ディオンヌはホッケーの殿堂入りを果たしています。
※ハウとグレツキーに関しては、「NHLキャピタルズのオベチキンがハウを抜き、得点ランキング2位に!」を参照のこと。
現役大スター選手がここで登場!
49.オーストン・マシューズ、F、(152ポイント)
指名順:トロント・メープルリーフス、第1巡目(全体1位)、2016年
マシューズがトロントの1位指名というプレッシャーにどう対処するかという疑問は、初陣の第2ピリオドで解消されました。彼が4点目を決めたとき、1943-44シーズン以来、現代における最高のNHLデビューとなったからです。
2016-17シーズン、新人として40ゴールを記録し、NHL新人王としてカルダー・トロフィーを受賞しました。マシューズは7シーズンでそれぞれ少なくとも34ゴールを決めており、2021-22シーズン、73試合で60ゴールを記録しています。
これまでNHLの得点王に2度輝いており、2022年、メイプルリーフスの選手として、1955年のテッド・ケネディ以来、NHLの最優秀選手としてハート・トロフィーを初めて受賞しました。
※テッド・ケネディ=カナダ、オンタリオ州ポートコルボーン出身。2009年死去、享年83歳。現役時のポジションはセンター。1943〜1957年までトロント・メープルリーフスで全キャリアをプレーし、8シーズン、キャプテンを務めた。
25歳の彼はすでに299ゴールを決めており、これはリック・ヴァイヴと並んでトロント歴代5位の記録です。
※リック・ヴァイヴ=カナダ、オンタリオ州オタワ出身。64歳。現役時のポジションは右ウィング。トロント・メープルリーフスのフランチャイズ史上初の50ゴール・スコアラー。80年代前半のリーフス在籍時が全盛期で、3シーズン連続50ゴール以上をマークしている。
ルーキーの時からリーフスを支えてきたマシューズ、
移籍の噂も流れているが、どうなるんだろうにゃ。
GM交代がどう影響するか。
いっぱい賞を獲得してます!
「マシューズが指名されて以来、メープルリーフスのポストシーズンでの苦戦にもかかわらず、その結果、彼は再び注目を浴びるようになったのです;簡単な仕事ではありません。
彼が指名される前、2004年以降、トロントは1度だけスタンレーカップのプレーオフに進出したことがありました。彼がチームに来て以来の7シーズン、いずれもポストシーズンに進出しています。
2021-22シーズン、メープルリーフスの記録となる60ゴールを挙げ、プロホッケー記者協会会員投票によるリーグ最優秀選手に贈られるハート・トロフィーと、NHL選手会会員投票による最優秀選手に贈られるテッド・リンジー賞を受賞しました。
その時点で、アメリカ生まれの選手として2人目のハート賞受賞となり、2015-16シーズン、彼のアイドルであるパトリック・ケイン(右ウィング、34歳。現在、ニューヨーク・レンジャーズ所属)が、シカゴ・ブラックホークスで達成して以来のこととなります。
そしてマシューズは、チームのライバルであるオタワ・セネターズ戦で、4ゴールのNHLデビューを果たしたように、そのすべてを見事にやってのけたのです。それが歴史に残るデビューでないとしたら、何が何だかわかりません」。–マイク・ツァイスバーガー、スタッフライター
大学1年でプロ→引退後、殿堂入り
48.ジョー・ニューウェンディック、F、(163ポイント)
指名順:カルガリー・フレームス、第2巡目(全体27位)、1985年
1985年のNHLドラフト開催日、フレームスは1984-85シーズンの得点王であるフォワードのケント・ニルソンをミネソタ・ノーススターズにトレードし、ドラフト指名権を2つ獲得しました。
※ケント・ニルソン=スウェーデン、ニナシャムン出身。66歳。現役時のポジションはセンター。現在フロリダ・パンサーズでヨーロッパ方面担当スカウト。
NHL在籍はそれほど長くなかったが、「ミスター・マジック」「マジックマン」と呼ばれ、並外れたパック・スキルに定評があった。
その数時間後、コーネル大学1年生のニューウェンディックに、チームはそれらの指名権の1つを使用したのです。
ニルソンはさらに3シーズンプレーしましたが、ニューウェンディックはその後殿堂入りを果たすことになり、NHLでの最初の2シーズンでそれぞれ51ゴールを記録し、1989年にはフレームスでスタンレーカップ優勝を果たしたのです。
1999年のプレーオフでは、6度のゲーム・ウイナーを含む11ゴールでNHLのトップになり、ダラス・スターズのカップ優勝に貢献する一方で、コン・スマイス・トロフィー(プレーオフ最優秀選手賞)を受賞しました。
2003年、ニューウェンディックはニュージャージー・デビルスで再びカップを獲得し、2011年にホッケーの殿堂入りを果たしたのです。
この時のフレームスのスカウト、先見の明があった訳だにゃ。
大学1年の時点で才能を見抜き、
しかも2巡目で指名できたんだから、かなりお得!
ディフェンスの選手が初のランクイン!
47.ダンカン・キース、D(ディフェンス)、(166ポイント)
指名順:シカゴ・ブラックホークス、第2巡目(全体54位)、2002年
ブラックホークスは、2002年のNHLドラフトで最初の2人の指名でディフェンスを選びましたが、キースは1巡目指名のアントン・バブチャック(全体21位)よりやや大きなインパクトを与えたのです。
※アントン・バブチャック=ウクライナ、キエフ出身(生年である1984年当時はソビエト連邦)。39歳。現役時のポジションはディフェンス。NHLではカロライナ・ハリケーンズで主にプレー、契約問題のもつれ等で一時期ロシアのリーグでプレーすることもあった。
キースとブレント・シーブルックは、シカゴで最も信頼できるディフェンス・ペアを形成し、3度のスタンレーカップ優勝(2010、2013、2015)を果たしました。
※ブレント・シーブルック=カナダ、ブリティッシュコロンビア州リッチモンド出身。38歳。現役時のポジションはディフェンス。キースと共に若返ったブラックホークスの守備の要として活躍。
現在、タンパベイ・ライトニングに所属であるが、2021年3月、怪我のため現役続行不可能と発表。2023-24シーズンに引退が決定している。
キースはノリス・トロフィー(最優秀ディフェンス選手賞)を2度(2009-10、2013-14)獲得し、2015年のタンパベイ・ライトニングとのファイナル第6戦でカップを決定づけるゴールを決めた後、コン・スマイス・トロフィーを獲得したのです。
ロシア出身ゴールキーパー、第1巡指名2人目!
46.アンドレイ・ヴァシレフスキー、G(ゴールテンダー)、(170ポイント)
指名順:タンパベイ・ライトニング、第1巡目(全体19位)、2012年
2012年のNHLドラフトで、ライトニングがヴァシレフスキーを指名したとき、ロシア生まれのゴールキーパーが第1巡目で指名されたのは、それまで1度だけでした(セミョン・ヴァルラモフ〈35歳。現在、ニューヨーク・アイランダーズ所属〉、ワシントンキャピタルズ、2006年)。
28歳の彼はNHLで最高のビッグ・ゲームのゴールキーパーに成長しており、正しい判断であることが判明しました。
2016-17シーズン、フルタイムのスターターになって以来、ヴァシレフスキーの245勝は他のどのゴールキーパー(コナー・ヘレブイック〈30歳。現在、ウィニペグ・ジェッツ所属〉、225)よりも20勝多く、彼の30完封はヘレブイックとマーク=アンドレ・フルーリー〈38歳。現在、ミネソタ・ワイルド所属〉と並んで最多です。
彼は2020年、2021年にスタンレーカップ連覇を果たしたライトニングのバックを支え、2021年のプレーオフで、2004年にミイッカ・キプルソフとニコライ・ハビブリンがそれぞれ5回の完封を達成して以来、プレーオフ・シーズンでの最多記録となる5回の完封を達成し、コン・スマイス・トロフィーを受賞しました。
※ミイッカ・キプルソフ=フィンランド、トゥルク出身。46歳。フィンランド代表での活躍も目覚ましく、1999年と2001年のアイスホッケー世界選手権で銀メダルを獲得、2004年のホッケー・ワールドカップでフィンランド国内を驚かせる2位に貢献。
2010年冬季オリンピックで銅メダル獲得にも貢献。
※ニコライ・ハビブリン=ソビエト連邦、ロシアSFSR、スヴェルドロフスク出身。50歳。2004年、タンパベイでスタンレーカップ優勝により、ロシアのゴールテンダーとしては初めての選手となる。
2005年のロックアウト終了時、ロシアから戻り、ブラックホークスと契約した際、リーグで最も高給取りのゴールテンダーとなる。
まとめ
1975年以来1981年まで、ドラフト1巡目で、ゴールキーパー指名・獲得がなかった話は、前回も書きましたが、ロシア出身選手なると、2000年代に入るまでなかったというのは、またも驚きです。同国にもビッグなリーグのあることが影響してるのかもしれません。
ダンカン・キースのように、怪我等のためにほぼ現役引退状態にあるのですが、契約切れまで在籍し、引退試合のみ復帰というパターンは多いです。引退試合のみのワンポイント契約をする選手もいて、それはサッカー界でも多いですね。
マルセル・ディオンヌの順位が、意外と低かったのもビックリ。超名選手、グレツキーやレミュー、ハウと同レベルの選手なんですけど…。
ここまで読んでくれて、サンキュー、じゃあね!