はじめに
昨季スタンレーカップを制覇したカロライナ・ハリケーンズは、ロスターの誰1人としてハート賞(MVP)の投票を得ずに優勝するという偉業を達成しました🏆殿堂入り級の超スター不在で頂点に立った彼らは、果たして本当に異例なのでしょうか?
本記事では2005年のサラリーキャップ時代以降のデータを徹底検証し、MVP票ゼロで躍進したチームの共通点と、近年のホッケー界で起きている構造変化の謎に詳しく迫ります✨
参照記事:The Athletic「What’s the best NHL team in the salary-cap era to not get a single Hart Trophy vote?」
MVP票ゼロで躍進した名チームたち!2006~2015年のデータ検証🏒
2005年のサラリーキャップ導入以降、リーグMVPであるハート賞の投票を1票も得られなかったにもかかわらず、レギュラーシーズンで優秀な成績を収めたチームが存在します。殿堂入り級の個人の輝きに依存せず、組織力で勝利を重ねてきた名チームたちの記録と背景を詳しく紐解いていきましょう✨
2006-07シーズンのダラス・スターズは50勝で107ポイントを獲得し、リーグ5位タイを記録しました(プレーオフ:1回戦敗退)。しかし不思議なことに、チーム内からハート賞の票を得た選手はゼロです。当時としては得点が入りやすい時代背景があったにもかかわらず、60ポイントを超える選手すら不在だったのです。
注:当時の得点が入りやすい時代背景について
2004-05シーズンのNHLロックアウトを経て迎えた2005-06および2006-07シーズンは、リーグが観客動員とエンターテインメント性の向上を目指して大幅なルール改定を行った結果、いわゆる「高得点時代(Offensive Era)」へとシフトした時期にあたる。主な改革要素は以下の通りである。
クラッチ&グラブ(Clutch-and-Grab)の厳格な取り締まり
攻撃側のスピードやスキルを阻害するペナルティ(ホッキング、ホールディング、インターフェアランスなど)の反則基準が極めて厳しくなった。これによりスキルフルな選手がプレイしやすくなったほか、パワープレー(相手の反則による数的有利)の機会が劇的に増加した。
2ラインパス(オフサイドパス)ルールの廃止
自陣守備ゾーンからセンターラインを越えるロングパスが解禁された。これにより中盤でのトラップゾーンが解体され、ゲーム展開の高速化とブレイクアウト(速攻)からの得点機会の増加をもたらした。
ゴーリー用具のサイズ縮小
ゴーリーが着用するパッドやチェストプロテクターのサイズ上限が引き下げられた。防護面積が減少したことで、シュートがゴールに入りやすくなった。
トラペゾイド(台形エリア)の導入
ゴーリーがゴール裏の規定された台形エリア以外でパックを処理することを禁止した。これによりゴーリーによる自陣クリアが制限され、攻撃側のフォアチェックによるゴール前でのチャンス創出が増加した。
これらのルール改革により、ロックアウト直前である2003-04シーズンの1試合平均得点(両チーム合計)は約5.14点まで減少していたのに対し、2005-06シーズンには約6.05点へ急増、2006-07シーズンも約5.89点と依然として高い水準を維持していた。
このようにリーグ全体が攻撃優勢へと大きく傾いていた環境下において、チーム最多得点者が60ポイント未満(※同シーズンのスターズ最高はマイク・リベイロの59ポイント)にとどまったのは、極めて異例な状況であったといえる。
スターズの最高得点者はマイク・リベイロで、20ゴール以上を挙げた選手もわずか2人にとどまりました。さらに33歳のフィリップ・ブーシェが、チーム3位の得点を記録する異例の展開だったのです。絶対的な大黒柱を欠くなかで勝ち点を積み上げた戦いぶりは、当時の関係者やファンにとっても大きな謎とされています。
守護神のマーティ・ターコは67試合に出場して安定したプレーを見せましたが、セーブ率はリーグ平均をわずかに上回る程度でした。ヴェジーナ賞の投票では他の守護神に票が集まり、ターコには1票も入っていません。指揮官デイブ・ティペットのもと、突出した個に頼らず勝利を挙げた珍しい事例といえます。
2006-07シーズンのダラス・スターズのハイライト映像。名将ティペットの確立した組織力が、シーズン最後まで持続した奇跡のチーム。プレーオフで息切れしたけど。
2008-09シーズンのシカゴ・ブラックホークスは46勝を記録し、カンファレンス決勝まで勝ち進む躍進を見せています。後に6年間で3度の優勝を飾る最強王朝の第一歩となったシーズンですが、この時点では投票者からの評価が追いついておらず、ハート賞の投票枠に名前が載る選手は1人も現れませんでした。
当時のブラックホークスはマルティン・ハヴラートがチーム最高得点を記録し、ゴールテンダーはクリストバル・ユエが半分近く先発を務めています。ニコライ・ハビブリンも優秀な成績を残しましたが、先発40試合にとどまり決定打とはなりませんでした。若き才能たちが開花する直前の貴重な過渡期だったのです。
若き日のパトリック・ケインやジョナサン・テーヴズもスター街道の途中であり、個人賞の争いには加わっていませんでした。強いて挙げれば1試合25分以上をプレーし、ノリス賞6位となったダンカン・キースが候補でしたが、惜しくも無票に終わります。実績を重視する投票傾向が色濃く出た結果となりました。
注:実績を重視する投票傾向について
NHLアワード(個人賞)の投票を担当するPHWA(プロホッケー記者協会)などの投票者層においては、個人のスタッツだけでなく「ベテランとしての実績」「長年の貢献度」「チームの勝敗・プレーオフ進出実績」を大きく評価する伝統的な偏向(ネームバリューバイアス)が強く存在していた。この背景には以下の要素が挙げられる。
ベテラン優先のノリス賞投票傾向
最優秀DFに贈られるノリス賞は、特に「キャリアの積み重ね」や「実績に基づく名声」が偏重されやすい賞として知られる。
当時(2000年代後半)はニックラス・リドストロム、ズデノ・チャラ、スコット・ニーダーマイヤーといった既にリーグ最高峰としての地位を確立していたベテラン選手たちが投票の上位を独占する傾向が顕著であった。
チーム実績・プレーオフ進出の有無
ハート賞(最優秀選手賞)やノリス賞などの主要賞では、「所属チームをプレーオフに導いたか」が選考の重大な基準となる。
2007-08シーズンのシカゴ・ブラックホークスは、パトリック・ケインやジョナサン・テーヴズ、ダンカン・キースらの台頭により前シーズンから成績を大幅に向上させたものの、惜しくもプレーオフ進出を逃していた(西カンファレンス9位)。
この「チームとしてプレーオフを逃した」という要因が、若手個人への評価を抑え込む要因として働いた。
若手・ブレイクスルー選手に対する静観姿勢
当時の投票者は、フルシーズンでのブレイクを果たして間もない若手DFに対し、「単年だけの好調(一発屋)ではないか」という警戒感を抱きやすく、複数シーズンにわたってハイレベルなプレイを維持して初めて票を投じる傾向があった。
キースはこの2007-08シーズンに1試合平均TOI(出場時間)24分52秒を記録し、チームのトップDFとして覚醒を見せたが、まだリーグ全体での知名度と実績が追いついていなかった。
結果として、2007-08シーズンのノリス賞投票においてキースは11位(19ポイント)にとどまり、ハート賞投票においては1票も獲得できなかった。
キースが本格的にノリス賞の主要候補として評価され、実際に初受賞を果たすのは、チームが地区優勝を果たしリーグ屈指の強豪へと成長した2009-10シーズンまで待つこととなる。
2014-15シーズンのバンクーバー・カナックスは48勝を挙げ、101ポイントでリーグ8位タイに入っています。しかしこのチームもハート賞の票を1票も得られませんでした(プレーオフ:1回戦敗退)。要因の一つとして、延長やシュートアウト敗戦による勝ち点が僅か5ポイントと、リーグ最少タイだったことが大きく影響しています。
当時のカナックスは時代の狭間に位置していたと言えます。セディン兄弟が健在で主力として活躍していたものの、それぞれ70ポイント前後にとどまり、MVP候補としては押しが弱い数値でした。また20ゴールを超えたスケーターがラディム・ヴルバタのみという極端な攻撃力の薄さも、個人票を遠ざける結果となったのでしょう。
守護神にはライアン・ミラーとエディ・ラックを擁していましたが、得票には至りませんでした。セディン兄弟は過去に主要個人賞を獲得していたものの、この年は強力なライバルたちに埋もれてしまいます。こうしてスター不在と評されたチームたちが、組織力で結果を残した歴史が刻まれたのです。
100ポイント超えでも無票?2016〜2022年の強豪チームと名選手の足跡🏒
2016年以降もレギュラーシーズンで100ポイント以上の大台を破りながら、ハート賞の投票で完全に無視された強豪チームが複数存在します。個人成績のインパクト以上にチーム全体の完成度で勝負した彼らの奇妙な戦績と、受賞を逃した名選手たちの足跡をさらに深く追いかけていきましょう✨
2016-17シーズンのモントリオール・カナディアンズは103ポイントでアトランティック地区優勝、ニューヨーク・レンジャーズも102ポイントを記録しました。100ポイント超えの強豪同士が、双方ともにハート賞の票ゼロのままプレーオフ1回戦で激突するという、極めて珍しい対戦カードが実現したのです。
カナディアンズは開幕10試合で9勝を挙げるロケットスタートを決めたものの、後にブルージャケッツに0-10で大敗するなど非常に波のあるシーズンでした。マックス・パシオレッティが35ゴール・67ポイントでチームトップ、シェイ・ウェバーがノリス賞投票6位に入ったものの個人票には届きませんでした。
最大の驚きは守護神キャリー・プライスです。62試合に先発してセーブ率.923を記録しヴェジーナ賞3位に入りながら、ハート賞では1票も得られませんでした。2年前の2015年にハート賞を満票に近い形で受賞していたため、投票者が過小評価したと考えられ、彼は生涯二度とMVP票を得られませんでした。
一方のレンジャーズはメトロポリタン地区4位という順位が響き、60ポイント超えの選手も不在でした。ヘンリック・ルンドクビストも例年通りの特筆すべき数字を残せず無票に終わっています。なおこの年はアナハイム・ダックスも105ポイントでカンファレンス決勝に進みながら、誰も票を得られませんでした。
2019-20シーズンのセントルイス・ブルースは、COVID-19で短縮シーズンを42勝で終え、通常換算108ポイントペースのリーグ2位相当という圧巻の成績を残しました。前年にスタンレーカップを制した強豪でありながら、なんとチーム全員がハート賞の投票で1票も獲得できないという異例の事態に見舞われます。
プレーオフでは、バブル開催となった特殊なラウンドロビンを戦い、その後1回戦でカナックスに敗れました。
注1:COVID-19で短縮シーズン
2020年3月12日、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大に伴い、NHLは2019-20シーズンのレギュラーシーズン(通常全82試合)を突如中断した。
その後、レギュラーシーズンの再開を断念し、中断時点(各チーム68~71試合を消化した段階)の勝率(Points Percentage)をもってレギュラーシーズンの公式順位を確定させた。
セントルイス・ブルースは71試合を消化して42勝19敗10延長敗(ポイント率.662)を記録し、ウェスタン・カンファレンス首位(全31チーム中2位)でレギュラーシーズンを終えることとなった。
注2:バブル開催となった特殊なラウンドロビン
レギュラーシーズン中断後、NHLは24チームによる拡大プレーオフ(2020 NHL Stanley Cup Qualifiers / Playoffs)を実施した。感染防止のため、東カンファレンスはトロント、西カンファレンスはエドモントンに安全な孤立区域(通称「バブル」)を設置し、完全無観客で一括開催された。
このプレーオフにおいて、各カンファレンスのレギュラーシーズン勝率上位4チーム(計8チーム)には予選シリーズ免除の免除枠(バイ)が与えられた。
しかし、第1ラウンドのシード順(第1~第4シード)を決定するため、これら上位4チーム同士による「シード順決定戦(Seeding Round-Robin)」が総当たり(各チーム3試合)で実施された。
ブルースはこのウェスタン・カンファレンスのラウンドロビンに参加したものの、3戦全敗(0勝2敗1延長敗)に終わり、レギュラーシーズン1位でありながらプレーオフ本戦(1回戦)を第4シードで迎えることとなった。
ブルースの最有力候補はディフェンスのアレックス・ピエトランジェロでした。平均出場時間はチームトップでノリス賞投票でも4位に入りましたが、ハート賞の投票用紙に名前が載ることはありませんでした。彼はキャリアで8回ノリス賞票を獲得しながら、ついに一度もMVP候補になれなかったのです。
2021-22シーズンにはカロライナ・ハリケーンズが116ポイント、ブルースが109ポイント、ボストン・ブルーインズが107ポイントを獲得し、全員がリーグトップ10入りを果たしました。それにもかかわらず、この強豪3チームからハート賞の票を得た選手は誰一人として存在しませんでした。
ハリケーンズとブルーインズのプレーオフ1回戦は、まさに「MVP無票同士」の潰し合いとなりました(ハリケーンズの勝利。ハリケーンズもブルースも2回戦で敗退)。ウラジーミル・タラセンコやセバスチャン・アホ、ブラッド・マーチャンドやデビッド・パストルニャクといったスターたちが1試合平均1ポイントを超える活躍を見せたものの、得票には一切繋がりませんでした。
フレデリック・アンダーセンがヴェジーナ賞4位、パトリス・ベルジュロンがセルキー賞を圧倒したものの、当時の投票者の関心はコナー・マクデイビッド対オーストン・マシューズの激しいMVP一騎打ちに集中していました。その煽りを受ける形で、強豪チームの主力たちは完全に蚊帳の外に置かれたのです。
注:当時の投票者の関心はコナー・マクデイビッド対オーストン・マシューズの激しいMVP一騎打ちに集中
2021-22シーズンのNHL最優秀選手賞(ハート記念賞)選考における状況を指す。このシーズン、トロント・メープルリーフスのオーストン・マシューズは73試合の出場で60ゴールを挙げ、リーグ10シーズンぶりとなる大記録を達成して最多得点王(ロケット・リチャード賞)に輝いた。
対するエドモントン・オイラーズのコナー・マクデイビッドも80試合で123ポイント(44ゴール・79アシスト)を記録し、最多ポイント王(アート・ロス賞)を獲得した。
プロアイスホッケー記者協会(PHWA)によるハート記念賞の投票では、史上稀に見る歴史的な個人成績を残したこの両名に票が完全に集中する格好となった。
結果としてマシューズが1位票119票(計1,630ポイント)を集めて受賞を果たし、前年受賞者であったマクデイビッドが1位票29票(計1,111ポイント)で2位に続いた。
この2大スターによる歴史的一騎打ちに選考の関心が極度に偏重したため、他の強豪チームでMVP級の活躍を見せた主力選手たちが、1位票どころか上位の投票枠自体から締め出される形となった。

