来年2月、「ピッツバーグの鉄人」の背番号68が永久欠番となる!

アイスホッケー名選手

はじめに

 このブログでも再三取り上げている「鉄人」ヤロミール・ヤーガーが、来年2月、久しぶりに古巣ピッツバーグ・ペンギンズの元を訪れます。ペンギンズ時代の背番号68が遂に永久欠番となり、 ペンギンズのホームである PPGペイントアリーナに掲げられます。

 母国・チェコでプレーを続けているヤーガーは、現役引退の意思表示をしたとも言われており、歴戦の勇者もスティックを置く日が間近なのかもしれません。

 ピッツバーグは、シドニー・クロスビーやエフゲニー・マルキンという、現役バリバリでありながら、既にレジェンド入りしているベテラン選手の多いチームですが、その淵源はヤーガーなのではないでしょうか。

 他のピッツバーグの若手選手は、来年2月、自チームの「生きる伝説」以上の存在を目の当たりにして、何を思うのかも興味深いところです。

讃岐猫
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引用元:NHL.com「 Jagr to have No. 68 retired by Penguins on Feb. 18

鉄人、久しぶりに「我が家」へ帰る

 来年2月18日、ヤロミール・ヤーガーは、PPGペイントアリーナ(ペンギンズのホーム・アリーナ)でロサンゼルス・キングスを迎え撃つ前に、ピッツバーグ・ペンギンズでの背番号68を永久欠番とします。

 ヤーガーは、マリオ・レミュー1(66)とミシェル・ブリエール2(21)とともに、背番号を永久欠番とするペンギンズの選手となります。

 金曜日、ペンギンズがソーシャルメディアに投稿した2つのビデオのうちの1つで、「2月18日?OK、僕はそこに行くつもりだよ」とヤーガーは言いました。「ピッツバーグ、僕はホームに帰るんだ」。

ピッツバーグが公式にアップした、永久欠番のニュース映像です。

NHLが続く限り、彼の名前は語られていく

 1990年のNHLドラフト第1巡目(5位)でピッツバーグに指名されたヤーガーは、1,733試合に出場して1,921ポイント(766ゴール、1,155アシスト)を挙げ、ウェイン・グレツキー(1487試合出場で2,857ポイント、894ゴール、1,963アシスト)でNHL史上2位のポイント数です。

 ゴール数と出場試合数では4位、アシスト数では5位であり、135のゲームウィニングゴールはNHL史上最多です。

 1991年から2001年までピッツバーグで11シーズンプレーし、806試合に出場して1,079得点(439ゴール、640アシスト)を挙げた右ウイングは、レミュー(1,723ポイント)、シドニー・クロスビー(1,516)、3エフゲニー・マルキン(1,243)に次いでペンギンズ史上4位の記録です。

 「僕はヨーロッパからピッツバーグに来た最初の選手だったんだよ。だから、チームメイトは僕を自分の子供のように大切にしてくれてね」とヤーガーは別のビデオで言いました。

 「とても楽しかった。あんなに楽しかったことはないよ。ピッツバーグでの生活は最高だった。まさに完璧だったね」。

 1991年と1992年、ヤーガーは、ペンギンズ2度の(最初の)スタンレーカップ優勝に貢献しました。彼はピッツバーグでポストシーズン140試合に出場し、147ポイント(65ゴール、82アシスト)を挙げています。

ヤーガーのダイナミックなプレーを見よ!
讃岐猫
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現ピッツバーグ監督は良きライバル

 「彼は史上最高の選手の一人だ」とペンギンズのコーチ、マイク・サリバンは11月11日(土曜日)に語りました。

 「彼の世代で最高の選手の一人であることは間違いないと思う。ペンギンズが90年代初頭に獲得したスタンレー・カップに、彼は大きく貢献したね。あのチームは圧倒的な強さだった。彼らと対戦したことがあるから、4個人的に話すことができるんだよ」。

 「(永久欠番は)ヤーガーにとって当然の名誉だと思うね。彼は同世代の選手の中で圧倒的な存在だった。彼のサイズ、技術レベル。氷上でパックを奪うのが最も難しい選手の一人だったと思う。

 だから、あの時代にあのような選手と対戦する機会に恵まれた私のような人間にとっては、90年代前半のチーム(ペンギンズ)がいかに優れていたかを理解することができるんだ。

 僕のような立場の人間にとって、そのようなこと(永久欠番授与)が起こるのを目にするのは、とてもクールなことだ」。

 NHLファースト・オールスター・チーム5に7回選出された現在51歳の彼は、NHLの9チームで24シーズンプレーしました。

 ペンギンズでは、1998-99シーズンにNHL最優秀選手としてハート・トロフィーを、得点王としてアートロス・トロフィーを5回獲得しました(1994-95、1997-2001)。

45歳までNHLでプレー

 2001年7月11日、ヤーガーはピッツバーグからワシントン・キャピタルズにトレードされ、3シーズンで190試合に出場しています。

 ニューヨーク・レンジャーズ(277試合)、フィラデルフィア・フライヤーズ(73試合)、ダラス・スターズ(34試合)、ボストン・ブルーインズ(11試合)、ニュージャージー・デビルズ(139試合)、フロリダ・パンサーズ(181試合)、カルガリー・フレームス(22試合)でもプレーしました。

 ヤーガーが最後にNHLでプレーしたのは、2017年12月31日、45歳、フレームス在籍時です。

讃岐猫
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ピッツバーグの現役ベテラン選手からの賛辞

 「永久欠番授与の場にペンギンズの一員として立ち会えたら、クールだね」とペンギンズのキャプテン、シドニー・クロスビーは11月11日(土曜日)に言いました。「いろいろな話があったから、自分もその一員になれるんじゃないかと期待していたんだ。

 (彼がチームに在籍していた)ここでの何年かは素晴らしいもの、素晴らしいキャリアだった。僕はよく知らないんだけど、彼はまだ現役だからね、現役のままで永久欠番になるのはかなり珍しいことなんだ。でも、彼は例外さ、素晴らしいキャリアを歩んできたから。

 僕らチームの選手たちは皆、永久欠番授与の場に立ち会えることに、今からワクワクしていると思うね」。

 チェコ共和国クラドノ出身のヤーガーは、2011-12シーズンからチェコ・エクストラリーガのリティリ・クラドノの株を過半数所有しており、2018年2月3日からチームのためにプレーしています。

 昨シーズン、26試合で14ポイント(5ゴール、9アシスト)を挙げ、35年連続で競争の激しいホッケーのリーグ戦に参加しています。

まとめ

 記録づくめの現役生活…おっと、それはまだ続行中だと言っておきましょう。51歳、そのパワーの泉がいかに潤沢なものであるか、 NHLで彼よりも年下の監督やGMがたくさんいますので、そんな事象からも理解できるのです。

 ピッツバーグは、東カンファレンスのメトロポリタン・ディビジョンで8チーム中6位と、やや苦戦気味です。しかし、コロンバス以外の7チームは勝率5割以上ですし、ピッツバーグの得失点差は+12で、首位のニューヨーク・レンジャーズに次いで2位となっています。

 この混戦ディビジョンを抜け出すには、チームのレベル・アップも必要ですが、OBやベテランのプレーから何かを学び取るのも大切です。

 ヤーガーをはじめ、お手本の多いチームなだけに、来年2月を契機にグッとヘッドアップするかも…、同ディビジョンのフィラデルフィア・フライヤーズとしては、困るのですがね^^;。

讃岐猫
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【註釈】

  1. 詳しくはこちら→
    ↩︎
  2. カナダ、ケベック州マラルティック出身。現役時のポジションはセンター。ルーキーだった1969-70シーズン終了後、交通事故で頭部に大きな外傷を負い、複数回の脳手術と11か月の昏睡状態の後、21歳で死去。

     ケベック・メジャー・ジュニア・ホッケーリーグは、シーズン終了後、MVPの選手にブリエールの名前を冠したトロフィーを授与し、ピッツバーグも、毎年シーズンの最優秀新人選手に同様のトロフィーを授与している。
    ↩︎
  3. クロスビー、マルキンがペンギンズ加入時、ヤーガーはニューヨーク・レンジャーズの中心選手だった。2003-04シーズン途中にワシントンからニューヨークへ移籍したヤーガーは、翌シーズンから全試合出場を果たしている。
    ↩︎
  4. ピッツバーグがスタンレーカップ連覇の時代、サリバンはサンノゼ・シャークスの若手センターとして活躍していた。同じチームに在籍した経験はない。
    ↩︎
  5. 1930 ~ 31 シーズン終了後、シーズンを通じて各ポジションで最も優れた成績を収めた選手を表彰するため、初めてこの名称を用い、賞として設定されたものである。プロホッケー・ライター協会の代表者が投票権を所有している。 ↩︎
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