AHLでベテラン選手が復活!修士号を持つ若いゴーリーもいるよ!

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はじめに

 アンダース・ビョークは故郷メクウォンから再びミルウォーキーで輝きを放ち、NHL復帰を目指して奮闘中です。マット・マーレイは、ミルウォーキー・アドミラルズのゴーリーとして、技術と精神力を兼ね備え、成長を続けています。彼の進化と「思考と本能のバランス」を探ります。

讃岐猫
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引用元:jsonline.com1This NHL veteran from Mequon found his best chance to save his hockey career in his own backyard

ビョークのキャリア再起動―ミルウォーキーでの新たな挑戦

 メクウォン2出身の若き日のアンダース・ビョーク(左ウィング、28歳)が、ブラッドリーセンター3で観戦したプロのアイスホッケー選手たちの中で、半生前の記憶の中、特に印象に残っている名前が2つあります。

 マーク・ヴァン・ギルダー4はビョークの義理の兄となります。そして、カール・オライリー(センター、38歳)はビョークのチームメイトとなります。

 これが、メクウォン出身のビョークの円環のようなキャリアの道のりです。彼はかつてミルウォーキー・ジュニア・アドミラルズでユースホッケーをプレーしており、肩の手術を経てキャリア復活を目指し、今年の1月、ミルウォーキー・アドミラルズに加入しました(記事ではNHL248試合出場となっているが、公式記録では225試合)。

 「しばらくプレーして、いくつかの怪我を経験した。それで、自分の体が準備できているかどうかを賢く判断したいと思ったけど、しばらく準備が整っていなかったね」とビョークは語っています。彼はほぼ1年間ホッケーから離れていました。

 「それから、徐々に良くなり始めたんだ。しかし、シーズンが進んでいたので、チームはあまり連絡をしてこなかったよ。でも、こういうことは毎年起こるのさ。チームでは怪我人が出たりするものだし。…だから、準備をしておけと言われるんだ。

 だから、自分にできる限りそうしようと努めましたし、ミルウォーキーが選手を必要としていて、本当に運が良かったと思っている。なぜなら、ミルウォーキーは私にとって非常に近い場所だから」。

苦境を乗り越えて―怪我とリハビリを経ての復活

 かつて、ビョークはノートルダム大学5でプレーしていました。ビョークの父親、カートはミシガン出身で、ノートルダム大学でオールアメリカンのホッケー選手を経験しています。彼と妻パトリシアは、カートの投資管理の仕事のために1995年にメクウォンに移住しました。

 アンダースは4人兄妹の3番目の子供です。他の兄妹はホムステッド高校6に通っていましたが、アンダースはマルケット大学7で1年間過ごした後、ミシガン州アンアーバーに移り、アメリカ代表の育成プログラムでプレーしました。

 ビョークはプロ選手としてボストン、バッファロー、シカゴでの経験を持っています。2014年、ボストン・ブルーインズから5巡目でドラフトされ(全体146位)、ビョークはノートルダム大学で3シーズンプレーし、大学ホッケーのトップ10選手に与えられるホビー・ベイカー賞8のファイナリストにも選ばれました。その後、ブルーインズの下部組織に加わります。

 ボストンでの3年間、バッファロー・セイバーズでの2年余り、シカゴ・ブラックホークスでの1年余り(すべてAHLでのプレーを含む)を経て、ビョークは昨シーズン、ロックフォード・アイスホッグスとAHL契約を結びました。40試合プレーした後、怪我をしてしまいます。

 「昨年3月に手術を受けたので、リハビリをしていて契約が結べなかったし、自分が気に入るオファーもなかったんだ」と28歳のビョークは話しました。「そして、ミルウォーキーが数人のフォワードを欠いたとき、彼らは選手を必要としていて、僕は近くにいて、ちょうど空いていたんだよ。こんな風に偶然のように決まったのさ」。

 怪我やプレデターズへの選手昇格で、アドミラルズはよくAHLでプレイする選手を探し回っています。このようなことはシーズン中盤によく起こります。

 プロスペクト(将来有望な選手)が親チームのナッシュビル・プレデターズでチャンスを掴む一方、ケガなどによりミルウォーキーから選手いなくなるため、アドミラルズのゼネラルマネージャーであるスコット・ニコル9は選手を補充しようとします。

 ビョークはリハビリを兼ねて、小さな大学のチームでスケートをしていました。彼は9月にプレーできる準備が整っていたと言いますが、激しい接触がない時間が長かったことは、肩にとって長期的には良かったと言いました。


 「チームメイトと馴染むことは非常に簡単だったよ。1日半で、彼らの周りにいて、快適に感じたものさ。それが大事なんだ。ここでの文化は非常にはっきりと分かりやすい。すぐにそれを理解しないといけない。それで、参加するのが簡単で、ここで頑張って築き上げた文化を模倣しようとするのは自然なことさ」。

 「それに、コーチングスタッフも同じように接してくれた。彼らはとてもやりやすくしてくれたね。すぐにシステムを教えてくれて、僕はすぐに馴染むことができた」。

父親カートの思い—故郷での活躍に込めた感慨

 アドミラルズのヘッドコーチ、カール・テイラー10は、スピードと豊富なNHL経験を持つスキルのあるフォワードを獲得できて嬉しく思っています。もう少し時間が経てば、ビョークが自信をつけ、コーチングスタッフが彼のプレースタイルを理解し、これまで以上に彼の力を引き出す手助けができるとテイラーは期待しています。

 「彼はゲームを学んでくれる。とてもコーチしやすい選手だ。彼は一緒にいて楽しい選手で、素晴らしい若者だね。だから、彼を適切な場所に配置すれば、プレイに飢えている様子が見えてくる。

 昨年の怪我でキャリアを取り戻そうとしていて、チームが見つからなかったり、今年のスタートが遅れたりしたため、彼はとても飢えているんだ。こういう選手こそ、最大限の努力を見せてくれるタイプで、これまでのところ素晴らしい成果を上げている」。

 ビョークは1月12日のアドミラルズのロックフォード遠征に参加し、6日後に初めてプレーしました。ビョークは順調に調子を取り戻し、早くも3試合目でオーバータイムに決勝ゴールを決めるなど(アイスホッグス戦、38歳のオライリーがアシスト)、好成績を収めています。

 ミルウォーキー大学パンサーアリーナでの金曜・土曜のグランドラピッズ・グリフィンズとの連戦を前に、ビョークは8試合で3ゴールと1アシストを記録しました。カール・テイラーは、ビョークの努力とプレースタイルに高い評価を与えています。

 「彼はそこで何をうまくやったのか、NHL経験を得るために何が良かったのかを理解しているし、うまくいかなかったことも理解しているだろう。そして今、そこに戻るために戦わなければならない。ここではセカンドチャンスを得た選手たちに良い実績がある。

ジャレッド・ティノルディ(ディフェンス、32歳。現在カルガリー・フレイムズ傘下のカルガリー・ラングラーズ在籍)やコリン・ブラックウェル(センター、31歳。現在ダラス・スター在籍)などが、そうだ。ここに来てキャリアを再起動させた選手たちがたくさんいる。彼もここでそのチャンスを活かせることを願っていることだろう」。それが目標というものです。ビョークはNHL復帰を目指し、毎日成長を続けています。

 肩のリハビリをしている間、ビョークは自分のホッケーキャリアがこんなにも失望的な形で終わることになった場合に備えて、プランBを考えることを避けようとしていました。「もちろん、11月、12月に差し掛かると、ちょっと心配になり始めるよ。そして、私はその準備をしていた…、

ただそれについて考えないようにして、毎日目を覚まし、人としてもホッケー選手としても自分を改善することに集中しようとしていたんだ」。

 次に何が起ころうとも、ビョークの父親カートは息子がプロ選手として活躍する姿を見ることに喜びを感じています。特に故郷での活躍に感慨深い気持ちを抱いています。彼はよくノートルダム大の試合に足を運びました。ボストンとバッファローでの年月は厳しいものでした。

 昨シーズンは、ディビジョンライバルのアイスホッグスがミルウォーキーに6回も訪れることで、より接するチャンスが増えました。「息子が若い頃を思い出せるよ。ブラッドリーセンターでアドミラルズを応援しながら、文字通り試合中ずっと(当時、アイスホッグスにいた息子の名を)叫んでいたんだ」と彼は言いました。

 「だから、(息子が)ここ(ミルウォーキー)にいるのはちょっと特別な感じがするね」。

いろんな時代のビョークを楽しめる映像。お父さんが見たら、泣いてしまうかも…。

引用元:jsonline.com「Goalie Matt Murray has a master’s and a national championship, and is earning ‘high marks’ with the Admirals

マット・マーレイの成長と進化:思考と本能のバランス

 ミッチ・コーン11(現在、ナッシュビル・プレデターズのゴールキーパーディレクター)の例え話は、すべてのゴーリー指導に当てはまるわけではありませんが、ミルウォーキー・アドミラルズのマット・マーレイには特にぴったりなものかもしれません。

 「コンピューターにソフトウェアなしで電源を入れても動かないだろ?」と、過去にドミニク・ハシェック12ペッカ・リネ13などの選手を指導してきたコーンは言いました。「コンピューターが速く見つけて処理できるように、プログラムを組まないといけない。

それと同じように、我々はゴーリーを練習でさまざまな状況に対応できるようにプログラムする。試合では考える時間はないから。反応しなければならない。コンピューターを起動すると、すでにプログラムされていて素早く処理し、結果を出すことができる」。

 マーレイはマサチューセッツ大学でデータサイエンスの修士号を取得しました。将来的には、コーディングやアプリ開発のスキルを企業の世界で活かすことになるでしょう。現在ミルウォーキー・アドミラルズで活躍しています。彼はUMassホッケーチーム14で全国選手権を制し、記録的な成績を残しました。

 「成長する過程で、自分がその分野に関わるなんて思っていなかった」とマーレイは、自分の学問の分野について語っています。「決して、決してコンピュータが得意なタイプではなかった。だから、その一歩を踏み出すことは、大学で自分が進むだろうと思っていた世界とはまったく異なるものだ。

ホッケー引退後の生活にとても役立つと思うけど、もちろん、それをできるだけ先延ばしにしたいとは思っている」。

 現在、カナダ・アルバータ州セントアルバート出身の26歳、マット・マーレイは、AHLで3シーズン目を迎え、2年以上プレーしたテキサス・スターズから移籍してきて、ミルウォーキー・アドミラルズでは初めてのシーズンを過ごしています。

 そこで、新たに加入したマグヌス・クローナ(24歳)と共にゴールを守っています。ゴーリーコーチのミッチ・コーンは、マーレイの成長を高く評価しています。特に、マーレイは体の使い方や反応力を改善し、練習から学び続けています。

 ニューヨーク・アイランダースに所属していたコーンは、UMass時代のマーレイに注目していました。マーレイは、勝利数(73)とシャットアウト数(14)のプログラム記録を樹立し、ミネソタ・デュルース(ミネソタ大アイスホッケー部の愛称)との全国準決勝戦では、延長戦で36セーブを記録しました。

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ゴーリーに必要なスキルとは?反応と冷静さの重要性

 現在、彼らはナッシュビル・プレデターズの下部組織で一緒に働いており、マーレイはテキサスで71試合(親チームであるダラス・スターズで4試合)をプレーした後、フリーエージェントとして加入しています。

 一方、コーンはプレデターズに再加入し、ゼネラルマネージャーのバリー・トロッツとともにゴーリー部門のディレクターとして活動しています。アイランダーズがマーレイを獲得しようとしていた時期から見ているコーンは、彼の進歩を認めています。

 「彼は本当に体を上手に使えるようになったと思う。彼の動きはスムーズで、ゲームをよく理解しているね。特にプロになった後で少し観察したとき、彼は自分の体を最大限に活かすためのチャンスを与えていないと感じた」とコーンは言いました。

 「彼は初日からスポンジのように学び続け、今シーズンの初日からいくつかの調整を試みてきた。私は彼に高い評価を与えているよ。彼はこれをやりたいと思ってここに来たし、僕もそれを受け入れるためにここに来た。そして、我々が頼んだことすべてを実行しようと最大の努力をしている。おかげで、今のところは順調だ」。

 マット・マーレイはAHLのゴーリー部門で好成績を収めています。

 マーレイはアドミラルズが10月初めから11月初めまでの8連勝を達成する中で、5勝(無敗)のスタートを切りました。マーレイとアドミラルズ(12勝6敗、1延長負け、3シュートアウト負け)はそのペースを落としましたが、マーレイはAHLでセーブ率(.930)が4位、ゴール平均(2.21)が8位にランクインして今週を迎えています。

 「もちろん、チャンスをもらったゲームはすべて勝ちたいし、チームには毎試合勝つチャンスを与えたい。だから、僕が集中しているのはそこさ。これまで順調にスタートできたが、まだ改善すべき点もいくつかある。でも全体としては良いスタートだ。これからもさらに成長し続ける必要がある」。

2週間前のシャーロット・チェッカーズ戦の映像。42本のショットを落ち着いてさばいた!

ミッチ・コーンの指導とマーレイの相乗効果

 マーレイは、大学を経て成長している選手たちのグループの一員です。成熟度はその利点の一つですが、彼が言うには、実際のところ、成長の利点は精神面だけでなく、身体的な成長にもあると言います。

 「大学はスケジュールが比較的軽いため、成長するにはいいよ」とマーレイは言いました。「もし全試合をこなすなら、(プレイする試合数は)ジュニアリーグと比べて40試合ちょっとだが、ジュニアリーグでは70試合以上、プレイオフで勝ち進めば80試合以上になることもある」。

 「アイスホッケーの試合以外、ジムでの身体的な鍛錬が本当に大きなポイントだと思う。プロのホッケーに進む頃には、すでにほぼ大人の体を持った選手になる。つまり、プロでは非常に若いティーンエイジャーとの対戦でなくなるから、ジムの鍛錬は大学選手にとって大きな財産さ」。

 ゴーリーはどのように思考と反応のバランスを取っているのでしょうか?高度な教育が、単に反応することに基づいたポジションでプレーする選手にとって、欠点になることはあるのでしょうか?

 マーレイにとって、思考は主に練習時に行います。アドミラルズのゴーリーコーチであるジェイソン・バロン(30歳)と一緒に練習したり、コーンが指導に来るときです。

 「現在のゲームは非常に速く進行するので、すべての考え等が脇に追いやられて、すべてが反射的な本能になっていく」とマーレイは言います。「考えるのは、シフトの間にベンチにいる時や、もしゴーリーであれば、パックが相手のゾーンにあるときかな」。

 かつて大学でゴーリーをしていたコーンは、30年以上にわたりプロ選手を指導してきた経験を持ち、この意見に同意し、さらに一歩進んで言いました。「思考と本能のバランスは、このポジションで求められる多くのバランスの一つだ」。

 「ゴーリーにはたくさんのスキルが必要で、その中にはまったく逆のものもある」とコーンは言います。「例えば、ゴーリーになるには冷静でいなければならないが、同時に爆発的な動きが必要だ。ゴーリーになるには忍耐も必要だが、絶望的に反応する能力も必要だ。これらはまったく反対のことのように思えるけど、実際にはほんの数秒の間にそれを使い分けなければならないんだ」。

まとめ

 ビョークは逆境を乗り越え、NHL復帰を目指して全力で努力中。肩のリハビリを終え、新たなチャンスを掴む日が待っています。一方、マット・マーレイは冷静な反応で成績を残し、コーチの指導でさらに成長し、プロの高みを目指しています。

讃岐猫
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【註釈】

  1. ウィスコンシン州ミルウォーキーを拠点とする主要なニュースメディア、ミルウォーキー・ジャーナル・センチネルの公式ウェブサイト。サイトでは、最新のニュース、スポーツ、ビジネス、エンターテインメント、調査報道など、さまざまなコンテンツが提供されている。また、YouTubeチャンネルも運営している。
    ↩︎
  2. ウィスコンシン州の静かな住宅地で、ミルウォーキー都市圏に位置している。高い生活水準と豊かな自然環境が魅力で、特に家族向けの住みやすい場所として人気。教育機関も充実しており、Mequon-Thiensville School Districtが提供する質の高い教育が特徴。

     また、ミシガン湖へのアクセスも良好で、ウォーターアクティビティやアウトドアを楽しむことができる。
    ↩︎
  3. 1988~2018年までウィスコンシン州ミルウォーキー市のダウンタウンにあった多目的アリーナ。NBAのミルウォーキー・バックスやAHLのミルウォーキー・アドミラルズのホームアリーナとして親しまれていた。

     施設は老朽化が進んだため、2018年に閉鎖され、その跡地に新しいアリーナ、ファイサーブ・フォーラムが建設された。
    ↩︎
  4. 現在41歳。NHLには1試合しか出場していないが、2008~2015年にかけてミルウォーキーアドミラルズで383試合に出場し、同チームに最も長く在籍した選手となった。 現役時のポジションはセンター。ビョークの姉のブリニャと結婚。
    ↩︎
  5. 1842年にインディアナ州ノートルダムに創立された名門私立カトリック大学で、アメリカで最も評価の高い大学の一つ。特に工学やビジネス分野に強みを持ち、広大なキャンパス内には、象徴的なゴールデンドームがある。

     大学のフットボールチーム「ノートルダム・ファイティング・アイリッシュ」は、アメリカン・フットボールの名門として有名。また、カトリックの教育理念に基づき、学問と倫理的な成長を重視する教育が行われている。
    ↩︎
  6. ウィスコンシン州メクウォンにある評価の高い公立高校で、Mequon-Thiensville School Districtに属している。1959年に設立され、学問、スポーツ、課外活動などで優れた実績を誇る。

     特にSTEM教育やアドバンスト・プレイスメント(AP)プログラムに力を入れており、高校生が大学レベルの学問に挑戦できる環境を提供。また、スポーツチーム「Homestead Highlanders」は地域で高い評価を受けており、音楽や演劇などの文化活動も活発。
    ↩︎
  7. 1850年にウィスコンシン州ミルウォーキーに設立された私立カトリック大学で、イエズス会の教育理念に基づく学問的な卓越性を提供。特にビジネス、法学、工学分野で高い評価を受けており、学生にはリーダーシップと社会的責任感を重視した教育が行われている。

     キャンパスはダウンタウンに位置し、都市生活と学問の両立が可能。スポーツでは「Marquette Golden Eagles」のバスケットボールチームが人気を誇り、NCAAディビジョンIに所属している。
    ↩︎
  8. アメリカの大学アイスホッケーで最も権威のある個人賞で、毎年その年の最も優れた選手に贈られる。この賞は、伝説的なアイスホッケー選手であるホビー・ベイカーにちなんで名付けられ、彼のスポーツマンシップやリーダーシップに対する精神を受け継いでいる。

     選考基準には得点力やアシスト、ディフェンス能力などが総合的に評価され、選ばれた選手は、その後のプロアイスホッケーでの活躍が期待されることが多い。過去には、パトリック・ケインやコナー・マクデヴィッドといったNHLスター選手が受賞している。
    ↩︎
  9. カナダ出身、2005〜2009年までナッシュビル・プレデターズでプレー。2013年には現役を引退し、同チームの選手育成部門のディレクターに就任した。その後、2018年にはプレデターズのAHL傘下チームであるミルウォーキー・アドミラルズのGMに昇進。
    ↩︎
  10. アドミラルズ監督。シカゴ・ウルブズ、テキサス・スターズ、オンタリオ・レインといったチームでも監督として活躍した。テイラーは、1991年にメジャージュニアキャリアを終えた後、ニューブランズウィック大学の男子アイスホッケーチームで5年間プレー。

     その後、ホッケーから1年のブランクを経て修士号を取得し、1997年にUNBにアシスタントコーチとして復帰した。彼は、UNBレッズを1998年のCIAU(カナダ大学スポーツ)チャンピオンシップに導くなど、指導者としても大きな成果を上げた。
    ↩︎
  11. 1976年にスプリングフィールドオリンピック(マサチューセッツ州)でジュニアホッケーをプレーし、全国選手権で優勝した後、ケント州立大学でホッケーをプレーしながら理学士号と経営学修士号を取得した。

     コーチとしては、1981年にマイアミ大学のアシスタントコーチ兼アイスアリーナ管理者としてキャリアをスタートさせ、1991年にはバッファロー・セイバーズでゴールキーパーコーチを務め、ドミニク・ハシェク選手を指導して4回のベジナ賞と2回のハート・メモリアル賞を受賞させた。その後、1998年にはナッシュビル・プレデターズのゴールキーパーコーチに就任。
    ↩︎
  12. 1965年1月29日に旧チェコスロバキアのボヘミア・パルドゥビツェ生まれ、ポジションはゴールキーパー。愛称は「ザ・ドミネーター」で、彼の圧倒的な実力を象徴している。

     ハシェックは、ヨーロッパ生まれのゴーリーとしてはNHL史上最も成功した選手である。また、実弟のマルティン・ハシェックは元サッカー選手で、従兄弟には元サッカーチェコ代表のイワン・ハシェックがいる。
    ↩︎
  13. フィンランド出身、ナッシュビル・プレデターズのレジェンド。2008–09シーズンからスタートし、2017–18シーズンにベジーナ賞を受賞、プレデターズを史上初のスタンレー・カップファイナルに導いた。

     リネは、プレデターズの勝利数とシャットアウト数で記録を持ち、4度のNHLオールスター選出を誇る。2023年には、ナッシュビルのブリッジストーン・アリーナ前にリネを称える銅像が建立された。
    ↩︎
  14. UMass(マサチューセッツ大学)アマースト校のアイスホッケーチーム、通称ミニットメンは、NCAAディビジョンIの男子アイスホッケーチームで、ホッケーイースト・カンファレンスに所属。

     ホームアリーナはアマーストにあるウィリアム・D・マリンズ・メモリアル・センターで、収容人数は8,387人。2021年に初のNCAAチャンピオンに輝き、2019年にも準優勝を果たし、同年と2021年にはファイナルフォーに進出するなど、近年の活躍が光る。 ↩︎
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