はじめに
スタンレーカップ決勝・第4戦で見せたエドモントン・オイラーズの大逆転劇。その輝かしい勝利の裏では、先発ゴールテンダーのスチュアート・スキナーが途中交代となる苦い場面もありました。控えのピカードが見事に流れを引き寄せたことで、試合の流れは一変✅。
華々しいスタンレーカップ決勝の陰には、選手たちの葛藤や決断というドラマが隠れているのです。本記事では、そんな“交代劇”の舞台裏に迫ります✅。
参照記事:The Athletic「 After another Stanley Cup Final goalie benching, NHL netminders discuss the dreaded yank: ‘A brutal feeling’」
奇跡の逆転劇の裏で起きていた“苦い交代劇”とは?🏒✨
2025年スタンレーカップ決勝、第4戦――。
エドモントン・オイラーズが見せた逆転劇は、まさに電撃的・伝説級でした。試合開始直後は完全にフロリダ・パンサーズに押し込まれる悲惨な内容、シリーズ1勝3敗の窮地に追い込まれるかと思われた展開。しかし、最終的にオイラーズは延長戦で勝利をもぎ取り、シリーズを2勝2敗のタイに戻して第5戦をホームに迎えることになったのだから驚きです。
何千人ものホームのファンたちは、ロジャース・プレイス(オイラーズのホームアリーナ)前で夜遅くまで大盛り上がり。中でも、レオン・ドライザイトルのオーバータイム決勝ゴール(今シリーズ2度目)は、自身の伝説にまた一章を加えたことで驚きでした。それは信じがたい光景であり、ファンの心をわしづかみにしたのです🏆🔥
けれど、この輝かしい勝利の裏で、一人の選手が苦い思いをしていました。彼にとって、この試合がそれほどまでに素晴らしいものでなかったようです。
スタンレーカップ決勝・第4戦、ハイライト映像です!
主役になれなかった守護神・スキナーの現実
その選手とは、ゴールテンダーのスチュアート・スキナー。この奇跡のような逆転劇が可能だった最大の理由は、彼にありました。
第1ピリオド、彼はパンサーズの猛攻を受けながらも、いくつものビッグセーブを連発しています。オイラーズで最も輝いていた選手であり、チームが3点のビハインドで踏みとどまれたのは、間違いなく彼の力によるものでした。
第1ピリオド、好調だったのですが…。ディフェンス・ラインと合ってない瞬間が何度かあったかな。
その報酬は?
ゴールテンダーにとって最も屈辱的な瞬間ともいえる、「交代」という運命だったのです。
第2インターミッションで監督のクリス・ノブロックが下した決断は、「スキナーを交代させる」こと。これでスキナーは、2試合連続で試合中にベンチに下げられることになりました(今プレーオフでは3度目)。代わってリンクに上がったのは控えのカルヴィン・ピカード。
この「交代」という決断は、ゴールテンダーにとって非常に屈辱的なもの。「恥のスケート1(ベンチに戻るためのリンク横断)」とも呼ばれる場面を、スキナーはどうにか免れたものの、試合の舞台から降ろされるという現実は重くのしかかります。
ピカードの活躍、そしてチームの覚醒💥
ノブロック監督は試合後、「スチュにとっては不運な交代だったが、チームにスイッチを入れる必要があった。チーム全体が元気がなかったからね。第1ピリオドだけで3回もペナルティ2を取られ、彼にチャンスを与えることができなかった」と語っています。
スキナーが許した3失点に関して、彼一人に責任を負わせるのは難しい(その詳細は後ほど触れます)。今回の交代は、むしろ完全に圧倒されていたチームを「目覚めさせる」ための決断と言えます。
確かにこの采配は結果として成功しました。ピカードは安定したプレーで22本中21本のシュートをセーブし、延長戦ではサム・ベネットの決定的なシュートをグラブで弾き、わずかにパックをかすらせクロスバーを弾いた場面もありました。
第1ピリオドでシュート数7対17、得点チャンス5対22、高確率の得点チャンス32対13という劣勢に立たされていたオイラーズでしたが(Natural Stat Trick調べ)、ピカード投入以降は完全に主導権を握ります。最終的にはシュート数28対23、チャンス数20対10と主導権を握り、逆転に成功。
ドライザイトルも試合後、「今夜は強いスタートを切りたかったけど、彼らに押し込まれて、僕らはちょっと気を抜いていたような感じだった。交代があってからは目が覚めたように集中できた」とコメントしています。
スタンレーカップ決勝の第1ピリオドでプロ選手たちが「気を抜いていた」理由については、また別の機会で語るべきでしょう。
ただ一つはっきりしているのは、監督たちはゴールテンダーをベンチに下げれば、他のどんな方法よりも強烈なメッセージをチームに伝えられると信じていることです。スキナーの前で気を抜いていた選手たちを、1~2シフトだけベンチに下げることも可能でしたが、それではここまでの効果は望めません。
幸いにも、控えのカルヴィン・ピカードは今プレーオフで無敗を保っており、今回もその交代策は奏功した――オイラーズは4連続得点を決めたのです。スキナーがそのままゴールを守っていても、オイラーズは後半に立て直し、逆転勝利できたかもしれません。それは誰にもわからない。しかし、ピカードはそう思っていたようです。
「今日は彼(スキナー)がかわいそうだった」と、勝利後にピカードは語りました。「彼は準備万端で臨んでいたし、序盤に大きなセーブを何本も決めていた。チーム全体がその段階ではまだ準備ができていなかっただけだ。監督は何かを変えたかったんだと思う。もし彼が第2ピリオド以降も出ていたら、僕がやったのと同じことをしていたはずだ」。
ゴールテンダーの交代には意味がある?🧠💭
ゴールテンダーなら誰しも交代劇からは逃れられません。それがパフォーマンスに起因するか否かにかかわらずです。スキナーは今プレーオフでセーブ率.894と特別良い成績ではありませんが、すべてのゴールテンダーが一度は経験するものなのです。
しかも、多くの場合、本人がただ“調子悪いから交代”という単純な話ではありません。この独特な交代劇はチーム全体への強烈なメッセージであり、チームのために一人の選手が不公平に犠牲になるというものですが、決して新しい話ではないのです。何十年も前から、そしてこれからも、監督たちはそうしていくでしょう。
このあたりの心理的な影響について、現役のNHLゴールテンダーたちの声を聞いてみましょう。
そこで、スタンレーカップ決勝ですでに数度起きているこの奇妙な交代劇について、ウェスタンカンファレンス決勝のダラス対エドモントンでも話題になった場面について、何人かのNHLゴールテンダーに見解を求めてみました。ワシントン・キャピタルズのチャーリー・リンドグレンはこう話しています。
「試合中に交代を告げられるのは決して簡単なことではない。もうその夜の仕事は終わったということだから。ゴーリー視点で言えば、絶対に交代なんてされたくないよ。あれは本当に恥ずかしいし、悔しい。でもこのレベルのゴールテンダーは本能的に、どこまでも戦い抜こうとする。
どんなに失点してても、僕らは心でプレーし、戦う気持ちを持ち、“次のシュートこそ止めてやる”って気持ちでリンクに立ってるんだから。何としてでもチームを試合に残す、それが彼らの本能なんだ」。
「ゴールテンダーが交代させられるということは、“この選手が今日は君たちを救ってくれるわけじゃない”という強烈なメッセージになる。控えのキーパーが入ってくる。彼はおそらく準備できていないし、試合に出るとは思っていなかった。だからこそ、選手たちは一層気を引き締め、自分たちを立て直そうとするんだ」とリンドグレンは説明しています。
第3戦でスキナーが交代させられた理由には、ピカードに怪我明けの実戦感覚を取り戻させたかったという要素もあったでしょう。しかし、ときに交代は、単にチーム全体への「メッセージ」として使われてしまう訳です。
ワシントンでリンドグレンとゴールテンダータンデム4を組む、ローガン・トンプソンもこう語っています。
「交代って、実は“チーム全体への警告”なんだ。これまでチームをここまで引っ張ってきた先発の選手が下げられる。『やばい、あいつ(先発ゴーリー)に頼れないぞ、自分たちが変わらなきゃ』ってチーム全体が気づく瞬間になるんだ。要するに、彼を全然助けられていなかったってことだから」。
控えに下げられたときのゴールテンダーの心中は、想像以上に複雑です。彼らは試合中、自分がどれくらいのパフォーマンスをしていて、どの失点が止められるべきものだったのかを、ある程度理解しています。
それでもゴールテンダーたちは非常に競争心が強く、たいていの場合、試合から下げられるのを嫌います。交代させられると、みんな自分を責め、「もっとできたはず」と思ってしまうのが、彼らの本能なんですね。
スキナーの失点、本当に彼の責任だったのか?
スキナーもまさに戦う姿勢を持っていました。6月12日・木曜の夜、彼はチームを試合につなぎとめていたからです。最初の20分でいくつもの素晴らしいセーブを披露し、失点したシュートはどれも「簡単なゴール」ではありませんでした。
では、スキナーが許した3失点は、本当に“交代に値する内容”だったのでしょうか?実際のところはそう単純でもなさそうです。
・1点目:5対3のパワープレー中、マシュー・カチャックが至近距離からシュート。距離は20フィート(約6メートル)もありませんでした。スキナーは自分のチームメイト2人とアレクサンダー・バーコフの間からシュートを確認しようとしましたが、リリース(シュート動作)が見えなかったのです。
見えていたとしても、セーブは困難だったでしょう。味方選手と相手選手に視界を遮られ、パックのリリースが見えず、反応は困難。
バーコフのポジショニングも上手いのですが、これは見えないでしょう。
・2点目:リバウンド処理に課題があったと指摘する声もあります。カチャックの至近距離からのシュートが胸のプロテクターに当たり、リバウンドを押し込まれる(カチャック、この夜2点目のゴール)。ただし、これも至近距離からの強烈なシュートであり、人間の反応速度には限界があります。
あの距離からのシュートであれば、ゴールテンダーはまず最初のセーブを目指すべきで、リバウンドの処理はディフェンスの役割であるべき場面とも言えます。
・3点目:ゴール裏からのパスを受けたアントン・ルンデルの至近距離でのワンタイマー。ブロッカーの外を突かれ、左ポスト内側に決まっているのですが、ゴーリーとしても限界のあるシーン。スキナーにできたことといえば、ポジションを前に取り、体を大きく見せ、隙間を埋めることくらいでした。
これらを見る限り、スキナーの技術的なミスよりも、守備の不備や相手の巧さが目立ちます。それでも、チーム全体が気を抜いていた時間帯に何かを変える必要があった。その「スイッチ」がスキナーの交代だったということですね。
それでも交代策はリスクを伴う⚠️
木曜の第4戦では、監督の決断が完璧にハマり、ピカードは試合の大半で多くを求められませんでしたが、要所でのセーブを決め、プレーオフ6勝0敗と無敗記録を伸ばしました。
もちろん、こうしたゴールテンダーの交代は、常に成功するとは限りません。実際、ダラス・スターズのピート・デボア監督が行った決断は、そのリスクの大きさを物語っています。
ウェスタン・カンファレンス決勝の第5戦、ジェイク・オッティンジャーは明らかに彼の責任ではない2失点を喫した後、交代させられました。しかし、代わって入ったケイシー・デスミスの体が温まっていなかったのか、即座に失点してしまい、ダラスはそのまま敗退。数日後、デボア監督は解任されました。
試合後、スターズのデボア監督の記者会見。真っ先にオッティンジャー交代に関する質問を受けています。
【追記】オッティンジャー交代について、デボア監督は以下のように述べています。
「質問:あの最初の2失点の後でジェイクを交代させるのは、おそらく難しい決断でした。その理由と、タイムアウトを要求した時にチームに何を伝えたのか、少しお話いただけますか?答:ゴーリーを交代させる時はいつも、グループに活気を与えようとするのがその理由だ。それが一番の理由。このシリーズでは、リードを保ったままプレーすることの難しさについて、うんざりするほど話してきた。そして明らかに、我々はすぐに2点差をつけられた。
それを軽視していたわけではないし、すべてをジェイクのせいにするつもりもなかったが、去年を振り返ると、彼はエドモントン戦で7試合中6試合を落としているし、大事な試合で2本のシュートで2失点を許した。
だから、ある面ではチームを奮い立たせ、目を覚まさせるため、そしてある面では、ゴールテンダーは現状維持のままだとうまくいかないと知ったから交代に踏み切った。そして、それはかなり大きなサンプル・データがあったからだ」。
これ、選手批判?
つまり、ゴールテンダー交代は「諸刃の剣」なのです。成功すればチームに火をつけ、流れを一変させられる。しかし、失敗すれば逆効果になり、試合だけでなく監督のキャリアまで左右しかねない…それほどの決断なのです。
ゴールテンダーと監督の信頼関係がカギ🔑
この「ゴールテンダー交代」という行為は本当に興味深い。この行為は、チームにとって心理的な効果が大きいものの、決して簡単な判断ではありません。
大多数のケースにおいて、監督はチームの心理的反応を引き出すため、試合で最も重要なポジションの一つに、あえて劣る選手を起用しているのです。もちろん、交代を命じられるゴールテンダーたちはこの決断に反発を覚えることが多いのですが、それでも「意味はある」と感じているようです。
「タイミングと状況によっては、必要な場合もあると思う」とリンドグレンは語ります。「チーム全体が気を抜いていたり、ゴールテンダーを見殺しにしているような時なら、彼を引っ込めることでチームを揺さぶって目を覚まさせることができると思う。実際にそういう場面を見てきたし、うまくいくことも確かにある」。
同時に、改善の余地もあります。たとえば、ゴールテンダーコーチや本人をもっとこの決断に関与させることです。状況によっては、当事者に相談することでより良い判断ができるかもしれません。多くの現役ゴールテンダーは、試合中に交代の可能性について相談を受けることはほとんどないと言います。決断は監督の独断で下されることが一般的。
ローガン・トンプソンはこう語っています。「交代の判断は、だいたい監督の一存。僕らは相談されることもほぼない。ゴールテンダーコーチが絡むチームもあるけど、基本は監督がすべて背負うリスクと報酬の決断だよ」。
確かに、試合中の“ゴールテンダーの交代”は特異な局面であり、その選択肢は慎重に扱われるべきです。独自性の強いポジションである以上、彼らがもっと関与すべきだという点に異論はないでしょう。
デボアのように、それがチームで最後の大きな決断になることもあれば、あるいは、今回のように、チームに衝撃を与え、シリーズをタイに戻す劇的な逆転劇につながることもあります。いずれにせよ、監督はチームの士気や流れを読んで、最高のタイミングで決断しなければなりません。
まとめ:苦くも熱い、ゴールテンダー交代の真実⚡️
オイラーズの逆転劇は、スキナーの奮闘、ピカードの安定、監督の決断がかみ合った結果です。ゴールテンダー交代は単なる成績判断でなく、チームに刺激を与える手段でもあり、今後も試合の流れを左右する重要な要素となるでしょう。
もちろん、それはゴールテンダー本人にとってはつらい経験ですし、選手同士の信頼関係や監督とのコミュニケーションも鍵のようです。
スタンレーカップ決勝はまだまだ熱戦が続きます。次のゲームでどんなドラマが待っているのか、目が離せませんね!🔥🏒

ここまで読んでくれて、サンキュー、じゃあね!
【註釈】
- アイスホッケーでよく聞く「スケート・オブ・シェイム(skate of shame)」とは、失点した際に、その失点に責任があると見なされた選手が、ベンチへ戻る際にリンク上を長くスケートして戻る様子を指すスラング。
テレビ中継などでは、この選手にカメラがクローズアップされることが多く、まるでその選手一人のミスが失点につながったかのように映し出されるため、選手にとっては非常に「恥ずかしい(shame)」状況となる。実際には複数の要因が絡むことが多いが、メディアの演出によって特定の選手が「戦犯」のように見られがちである。
↩︎ - 10分38秒、エヴァンダー・ケインのハイ・スティック、11分36秒、ダーネル・ナースのトリッピング、15分18秒、マティアス・エクホルムのハイ・スティック。立て続けに選手が退場されては、ゴールテンダーも大変。
↩︎ - アイスホッケーの高度な統計データである「ハイデンジャー・チャンシズ(High-Danger Chances)」のことで、ゴールが生まれやすい非常に危険な位置からのショット機会を指す。
これは単なるシュート数ではなく、ゴールに近い位置からのシュート、パスを受けてすぐのシュート、ゴーリーの視界が遮られた状態でのシュート、リバウンドからのシュートなど、得点につながる可能性が高い質の高い攻撃機会を数値化したもの。
この指標は、チームや選手の攻撃・守備力をより深く分析するために不可欠で、近年進化しているアイスホッケーのデータ分析において重要な役割を果たしている。
↩︎ - Goaltender Tandemとは、チームが2人の優秀なゴーリー(ゴールテンダー)を併用し、それぞれの強みや調子に合わせて起用する戦略のこと。
かつてはエースゴーリーがほとんどの試合に出ていたが、現代では選手の負担軽減、怪我のリスク管理、そしてゴーリーの調子の波への対応のために、このタンデムシステムが非常に重要視されている。2人のゴーリーが競い合うことで、チーム全体のパフォーマンス向上にも繋がるため、プレーオフや優勝を目指す上で不可欠な要素となっている。 ↩︎