はじめに
前回に引き続き、「NHL各チームの歴史上、最も偉大なヘッドコーチ(監督)は誰でしょうか?」第2弾をお届けします。32チームに栄光をもたらした(中には負の遺産も)監督さんをズラッと紹介します。今回は現役監督2人います。
下部組織チームでじっくり戦術を勉強してから、NHLチームの監督に昇格する人は多いのですが、やっぱりそういう経験値の高い人の方が成功しやすいし、長続きしそうな気がします。それとNHLでのプレー未経験の監督さんも増えてきました。
あと、今回は、第二次大戦前、まだリーグの基礎を固めつつある時期の監督さんも登場します。なかなか記録が正確かどうかも怪しい時期ではあるのですが、それをちゃんとまとめてあるNHLは凄いです。
今回は超古豪モントリオール・カナディアンズや
デトロイト・レッドウィングス以外、
割と新しくできたチームの監督さんが多いかにゃ。
カナディアンズは苦戦しているけど、
先人達の勝利へのノウハウやDNAは残っているはず。新シーズンに期待しよう。
引用元:YARDBARKER.com「Who is the greatest head coach in every NHL team’s history?」
我らがフライヤーズ、現監督参上!
コロンバス・ブルージャケッツ:ジョン・トルトレラ
トーツ(トルトレラの愛称)はどう見ても、選手、フロントオフィス、ファン達をやきもきさせる厳格な現場監督です。彼が5つの異なる1フランチャイズを指揮してきたのには理由があります。
その一方で、彼は仕事を得続けています、なぜなら、彼は全力でコーチをすることができるからです。ブルージャケッツの歴史の中で、他のすべてのコーチは、プレーオフで10試合を戦っています。トルトレラ自身、フランチャイズでプレーオフ13勝を2挙げました。
トルトレラって「勝てる監督」じゃなくて、
「たるんだチームの根性を叩き直す監督」なんじゃないかにゃ。
それで、ある程度ベースを作ってもらっておいた後、
それこそ「勝てる監督」を連れてきて、カップ獲得!
フライヤーズも、そうなりそうな予感…。
途中解雇の経験豊富?
ダラス・スターズ:ケン・ヒッチコック
ヒッチはジャケッツ史上初のプレーオフ進出(08-09)の立役者ですが、スターズでの在任期間(フランチャイズを安定させるために、2017-18シーズン、1シーズンだけ復帰したことも含む。1995〜2002途中まで)が彼のベストでした。
NHLでの最初の監督業で、ヒッチコックは1999年にスターズをスタンレーカップ優勝に導き、その後2000年の決勝で激戦の末、敗北を喫しました-(ヒッチコックの監督歴が)20年に及ぶとは!3
将来、自分の名前が賞の名前になるかも…
デトロイト・レッドウィングス:スコッティ・ボウマン
そう、NHLが年間最優秀コーチ賞の名前としたジャック・アダムス4は、レッドウィングスの監督だったのです。
しかし、スコッティはかつてデトロイトで62勝13敗7延長負けという成績を残した(1995-96→カンファレンス決勝で敗退)だけでなく、スタンレーカップ決勝(4回進出)で、3勝1敗(3勝=97、98、2002。1敗=95)の記録に導きました。
ウィングスが1997年に(スタンレーカップ決勝で)優勝したとき、それは1955年以来、フランチャイズにもたらされたカップでした。そして、彼らがコーチ・オブ・ザ・イヤー賞の名前を変更するとしたら、最近ではスコッティ・ボウマン賞と呼ぶ可能性が十分にあります。
「選手のおかげでしょ」と言われ続けている男
エドモントン・オイラーズ:グレン・サザー
そう、サザーにはウェイン・グレツキーがいたのです…そしてマーク・メシエ…とヤリ・クリ…そしてポール・コフィー…そして…。まあ、あなたはそれ(が何を意味しているか)を理解しているはずです。彼はオイラーズを4つのスタンレーカップ(1984、85、87、88)に導きました。
また、見過ごされがちなエリートの5才能を指導するスキルもあります。サザーは確かにそれらのタイトルでいくらかの称賛に値します。
現役最強監督の道を歩む!
フロリダ・パンサーズ:ポール・モーリス
さて、あなたはこう思うかもしれません。「ちょっと待てよ、モーリスはパンサーズのコーチになってまだ2年目だ。スタンレーカップ決勝に1回出場しただけで、彼はフランチャイズ史上最高の監督になるのか?」。それに対して、私たちは「ええ、その通り」と答えます。
パンサーズの歴史には6素晴らしい選択肢が散らばっているわけではありません。フロリダで4シーズン以上7監督を務めた人はいません。チームを率いて246試合を指揮した監督は2人いますが、どちらもプレーオフには一度も出場していません。
他に考えられる唯一の選択肢はダグ・マクリーンだけです。彼は最初のシーズンにパンサーズを決勝に導きましたが(1996)、3シーズン目(97-98途中)に解雇されました。
フレームスのとこでも名前が出ました
ロサンゼルス・キングス:ダリル・サッター
カルガリーではなかなか成功しませんでしたが、サッターはキングスのトップコーチです。サッターはフレームスでジャック・アダムス賞を獲得しましたが、彼はキングスで82つの優勝カップを手にしていて、これはフランチャイズ史上(同一監督による)唯一の2つの優勝カップです。
サッターはチームを指揮した試合数では2位(425試合。1位はアンディ・マレーの480試合)ですが、勝利数では1位(225勝)であり、ポストシーズンでの成功ではライバルを圧倒しています。
新興チームに道筋を付けたのに…
ミネソタ・ワイルド:ジャック・ルメール
ルメールは審美眼のある9ファンの支持を得ることなど決してないでしょうが、彼はリーグ拡張で生まれたフランチャイズ(ワイルドは2000年からリーグ参加)を引き継ぎ、8シーズン(2000〜09)で3回プレーオフ(03、07、08)に導きました。
率直に言って、彼がゼロからチームを築き上げた成功のレベルは本当に印象的なものであり、ワイルドというチームは、ベンチの後ろで(監督席で)多くの成功を収める経験が10欠けています。
驚異の5連覇達成!
モントリオール・カナディアンズ:トウ・ブレイク
これまでで最も多くのカップを獲得したフランチャイズには、選択肢が豊富でした。ボウマンは素晴らしい選択ですし、ディック・アービン11も同様です。しかし、愛称で「トウ」と12呼ばれているヘクター・ブレイクでなければいけませんでした。
モントリオールが5回連続(1955〜60)で優勝カップを掲げるのに、彼は貢献しています。そして、引退するまでにさらに3つのカップを獲得(65、66、68)しました。
ブレイクはレギュラー・シーズンで500勝(255敗159引き分け)を挙げて引退しましたが、その間ずっとハブスのコーチを務めています。
NHLの監督としてブレイクの成功に匹敵する人物はほとんどいないでしょう。
まとめ
今回、現役監督はジョン・トルトレラ(フィラデルフィア・フライヤーズ)とポール・モーリス(フロリダ・パンサーズ)の2人。トルトレラはワイルドのジャック・ルメールのようになる可能性が…。非常に頑固で、時折ワケわかんない戦術やら選手起用を繰り出す点が似ています。
逆に上げ潮のモーリスはチームとも関係良好で、着実に名監督の階段を上がっていくでしょう。今のドラフトやサラリーキャップ等のルールの影響で、5連覇なんて夢のまた夢ですが、モーリスの攻守のバランスの取れた戦術は、しばらく好調をキープすると思います。
オイラーズのグレン・サザーのように、4回もスタンレーカップを獲得していても、「選手の力で勝ち取ったんでしょ、監督の力じゃないよ」とバッサリ言われてしまう人もいます。実際、彼のマネジメントはあれれ?だったのですが。人に歴史あり、ですね。
ここまで読んでくれて、サンキュー、じゃあね!
【註釈】
- チームの選手やメディアを批判することを含め、よく言えば率直、悪く言えばズケズケと物を言うトルトレラの性格が足を引っ張る場合が多い。時にはチーム内で対立を呼び起こし、退団に追い込まれることも多い。
↩︎ - ブルージャケッツには、2015年途中に就任。翌年から4シーズン連続プレーオフ進出を果たしているが、2019年の第2ラウンド進出が最高(相手はボストン・ブルーインズ)。2020年、メディアで不適切発言を連発し、これが問題視されたりもしている。
↩︎ - 5チームの監督を務めており、そのうち4チームはプレーオフに進出している。しかし、どのチームでもシーズン途中に解雇されているため、印象はあまり良くない。しかし、通算849勝は歴代4位、2023年、ホッケーの殿堂入りをしている。
↩︎ - 第二次大戦前から活躍し、レッドウィングスでスタンレーカップで3回優勝(1936、37、43)したのをはじめ、選手、コーチ、ゼネラルマネージャーとしてスタンレーカップで7回も優勝したレジェンド。レギュラーシーズン413勝、プレーオフ52勝。
↩︎ - 1978年、当時のオイラーズのオーナーであるピーター・ポックリントンがウェイン・グレツキーと契約すべきかどうか、をサザーに尋ねた時、「あなたがしなければならないことは、彼をチームにつなぎ止めておく事だ」と答えたと言われる。
多くのスカウトやホッケー評論家が、グレツキーの体格が小さくて、プロのレベルにランクインする可能性は低いと考えられていたため、サザーの提案は危険なものと考えられていた。その後のグレツキーの活躍は周知の通り。
しかし、サザーは選手の能力を見抜くのが上手く、トレードに長けていたが、ドラフトや下部組織育成に関しては疑問符を付けられており、これがオイラーズの90年代の低迷を招いたと言われている。彼の監督能力が評価されない理由の一つが、これである。
↩︎ - 2000年代のパンサーズは全くプレーオフに出場できず、2010年代になって、強化が実を結んだ形である。
↩︎ - ジャック・マルタン(2005〜2008)とピーター・デボア(2008〜2011)が246試合で、パンサーズの監督としては最長。ピーター・デボアはレギュラーシーズンで負け越している。ポール・モーリスは現在164試合で、歴代4位タイである。
↩︎ - 2011-12(ロックアウトのため、短縮シーズン)、13-14の2回。特に最初の優勝の際、キングスはプレーオフ中にアウェイで10試合連続勝利し、プレーオフ中、完封試合3試合を記録した最初のチームになるなどの記録を残している。
↩︎ - ルメールの非正統的なコーチング・スタイルは物議を醸している。まず、ディフェンス重視のシステムを好み、ニュートラルゾーン・トラップと呼ばれる戦略を多用。次に、ゲーム中、永続的なラインを使用せず、あまりラインを固定しないこと。
第三に、在任中に恒久的なチーム・キャプテンを置かず、選手間で毎月交代させていたこと。これらが選手と監督の間の対立をしばしば生んだとされている。
↩︎ - 歴代7人の監督の成績を見ると、レギュラーシーズンの勝率は全員.500を超えており、2023年、シーズン途中に解雇されたディーン・エヴァンソンの勝率は.639である。しかし、プレーオフになると、全員勝率.400にも達していない。
↩︎ - 1916〜1928年まで現役選手として活躍し、1928〜56年まで監督としてNHLで活躍。NHL監督として、レギュラーシーズン通算勝利数692、プレーオフ出場24回、スタンレーカップ獲得4回を誇る。第一次世界大戦中にカナダ遠征軍に勤務した経験を持つ。
↩︎ - 子供の頃、ブレイクの妹が彼の名前を発音するのが難しく、「ヘクター=Hec-toe」と呼んでいて、そこから愛称の「Toe」が生まれたと言われている。
現役時代、スコアラーとしても抜きん出ていたので、得点の度にゴール後ろのランプを何度も点滅させていたことから、「オールド・ランプライター」とも呼ばれる。 ↩︎