NHL各フランチャイズのトップ・ゴールスコアラー総登場!【前編】

アイスホッケー名選手

はじめに

 この記事で、本ブログは300記事達成!今、「2日に1記事」のペースにしてから、安定して更新できるようになりました。記事の新鮮味という点ではチト劣るかもしれませんが、日本ではあまり紹介されない記事をピックアップしているつもりなんで、勘弁してください。

 海外のサイトを眺めていると、2023-24シーズンも佳境に入り、その熱戦を伝える記事と同時に、NHLの長い歴史を振り返る記事も少しずつ出てきています。今回の記事は、そんな中から選んだ「NHL全32チーム、各チーム最多得点王レジェンドは誰だ」です。

 一気に32名を記事にすると、さすがに長くなるので、久しぶりに前・後編とさせていただきます。記事を読んでいると、選手の歴史が分かると同時に、32チームにも本拠地変更で名称変更とか、NHLが他のリーグを吸収したりとか、様々な歴史があることも見えてくるのです。

讃岐猫
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引用元:Yardbarker.com「Who scored the most goals for every NHL franchise?

フランチャイズで最も多くのゴールを決めたのは誰だ?

 ウェイン・グレツキーがNHL史上最多のゴールを決めたことはご存知でしょう。また、彼がキャリアの中で4つの異なるチームでプレーしたことをご存知かもしれません。グレツキーはこれらのフランチャイズの得点王ですか?

 NHLの全32フランチャイズで最も多くのゴールを決めたのは誰ですか?この記事は、NHLのすべてのチームで最も多くランプを点灯した男達についてです。

注:現役選手に関しては、これまでの統計はすべて2024年1月までのものです。

やっぱり一つのチームに長く在籍したもん勝ち?

アナハイム・ダックス:ティーム・セラン(右ウィング)

 考えてみると、セランは、ウィニペグで76ゴールのルーキーシーズンを過ごしたにもかかわらず(1992-93シーズン、84試合出場、76ゴール・56アシスト)、(マイティ)ダックスのゴール数ではフランチャイズ・リーダーです。

 「(抜群のスピードから)フィンランドのフラッシュ」はNHLの4チームでプレーしましたが、キャリアの大半である966試合をアナハイムで過ごしています。

 セランはダックスでの最初の3シーズンで47ゴール以上1を挙げ、457ゴールはコリー・ペリーを大きく引き離しています。

 たとえペリーがアナハイムに留まっていたとしても、彼はまだ1位だったでしょう。

アリゾナ・コヨーテズ:シェーン・ドーン(右ウィング)

 ウィニペグ・ジェッツといえば、チームがグレート・ホワイト・ノース2からアリゾナに移動したため、元のジェッツの歴史はコヨーテズの歴史に折り込まれたままです。

 つまり、アリゾナで1分もプレーしたことのない3デール・ハワーチャックは、フランチャイズゴール数で2位です。しかし、ドーンは、フランチャイズで21年間のキャリアを過ごし、402で1位です。

ボストン・ブルーインズ:ジョニー・ブサイク(左ウィング)

 ボストンで「ゴール」といえば、フィル・エスポジートを思い浮かべがちですが、それは理にかなっています。ブルーインズで6シーズン連続(1969〜75)、エスポはNHLゴール数のトップ(6シーズン中最多は1971-72シーズン、76ゴール)でした。

 しかし、実際は、フランチャイズでキャリアのほぼ半分の試合しか、彼はプレーしていません。つまり、ブルーインズで21シーズンを過ごした4殿堂入りのブサイクが、545ゴールでトップに立っていることになります。

 それを考えると、(現役の)デビッド・パストルナックがボストンに長くとどまれば、新しいフランチャイズのゴールリーダーになる可能性があると感じています。

バッファロー・セイバーズ:ギルバート・ペロー(センター)

 38ゴールを挙げたカルダー受賞(新人王)のルーキーシーズンから殿堂入りまで、ペローはセイバーズでゴールを決めました(1970〜87)。彼の512ゴールは、他の在籍選手に大差を付けて5上回っている数字なのです。400を超えるセイバーは他にありません。

ペローの懐かしい映像を。ノルディクスのジャージも懐かしい。
讃岐猫
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移籍したり、チーム移転があったり大変です

カルガリー・フレームズ:ジャローム・イギンラ(右ウィング)

 イギンラはカルガリーで最も重要なフランチャイズの伝説です。彼は50ゴールのシーズンを何度も経験しましたが、それの実現は難しいもの6だったのです。

 イギンラはスタンレーカップを(無駄に)追い求めて7フレームズを去りましたが、それ以前、370ゴール以上、ましてや400ゴール以上の選手は他にいないのに、フランチャイズで525ゴールを積み上げています。

イギンラの懐かしい映像です。激しいプレーも多かったです。

カロライナ・ハリケーンズ:ロン・フランシス(センター)

 フランシスはハリケーンズ(そしてその前はホエールズ)で8多くのアシストを記録し、多くのゴールを決めましたが、実際には40ゴールのシーズンはありませんでした(ホエールズ時代、1989-90シーズン、32が最多)。

 フランシスはケインズで382ゴールを挙げ、エリック・スタールの322をわずかに上回っていますが、カロライナはフランチャイズ・ゴール記録では下位に位置しています。

シカゴ・ブラックホークス:ボビー・ハル(左ウィング)

 スタン・ミキタはおそらくシカゴのフランチャイズの伝説であり、多くのカテゴリーのトップに君臨しています。しかし、ゴールに関しては、年長のハルがチャートのトップに立っています。

 ボビーはNHLで7回の最多ゴールと3回の最多ポイントでトップに立ち、その後、WHAに向かい、格下相手に統計の数字を水増ししました(1972〜79、7シーズン。303ゴール)。

 NHLとWHAの合計を組み合わせると、ハルは実際にはグレツキーよりも多くのゴール数を持っていますが(グレツキーは894、ハルは913)、NHLでは、ハルはブラックホークスで604ゴールを決め、ミキタは2位でした。

コロラド・アバランチ:ジョー・サキック(センター)

 氷の上であろうとフロントオフィス(コロラドのGMから社長に昇進)であろうと、サキックはケベックでのチーム(ケベック・ノルディクス、コロラドの前身チーム。1987年のドラフトで全体15位指名)の時代からコロラドの成功に不可欠でした。

 NHLのゴール数でトップに立つことはありませんでしたが(2000-01シーズンの54ゴールが自己最多)、サキックはノルディクス/アバランチでの20シーズンで、なんと625ゴールという驚異的な数字を残しています。

 ミシェル・グーレはこれまた456ゴールという驚異的な数字を叩き出しましたが(ケベックで11シーズン、コロラド在籍は無し)、サキックには遠く及びません。

讃岐猫
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新設チームでの得点王もいれば、レジェンド中のレジェンドの名も

コロンバス・ブルージャケッツ:リック・ナッシュ(左ウィング)

 ナッシュは、ブルージャケッツのホームであるコロンバスで最初の「顔」となった選手であり、2002年NHLドラフトでエクスパンション・チーム(2000年創立のコロンバスのこと)から全体1位で指名され、獲得となりました。

 2年目のシーズンには、41ゴールでNHLのトップに立っています(19歳。史上最年少)。

 ナッシュは数シーズン後にチームを去り、怪我のため(脳震盪の後遺症)に若くして引退しましたが、コロンバスでの彼の289ゴールは今でもフランチャイズ記録です。

ダラス・スターズ:マイク・モダノ(センター)

 史上最高のアメリカ人選手の一人と考えられているモダノは、ミネソタ州、即ち「the State of Hockey9」でキャリアをスタートさせました。その後、ノーススターズがダラスに移転してスターズになったとき、彼は粘り強く戦い、優勝カップ獲得に貢献しました。

 ゴール、アシスト、ポイント、試合数など、モダノはスターズのトップに立っています。ゴール数では557点を挙げており、そして(現役の)ジェイミー・ベン(現在362)は、彼を捕まえようと考えるには、しばらく我慢しなければならないでしょう。

デトロイト・レッドウィングス:ゴーディ・ハウ(右ウィング)

 このフランチャイズには、キャリア692ゴールの男(スティーブ・イザーマン)がチーム史上2位であるという素晴らしい歴史があります。「キャプテン(イザーマンは、1986年にNHL史上最年少でチームのキャプテンに就任)」の前には「ミスター・ホッケー10」がありました。

 イザーマンはフランチャイズ史上最高のシーズンを過ごしましたが、ハウの786ゴールはスティービー・Y(イザーマンは通算678ゴール)が記録したゴール数を超えています。

エドモントン・オイラーズ:ウェイン・グレツキー(センター)

 オイラーズで9シーズンを過ごした後、グレツキーはオイラーズの得点王となりました。それは、70ゴール以上を決めたシーズンが4つ(そのうち、1981-82シーズンの92ゴールでリーグ得点王)もあると起こることです。

 しかし、グレツキーはキャリアの途中でチームを去ったので(87-88)、彼は583ゴールでエドモントンでの選手生活を終えました。

 コナー・マクデイビッド(またはレオン・ドレイサイトル)は、最終的に彼を追い越すことができるでしょうか?

讃岐猫
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最初の現役選手登場!暴動になるくらいの人気選手も登場!

フロリダ・パンサーズ:アレクサンデル・バルコフ(センター)

 バルコフは、このリストの最初の現役プレーヤーです。さて、(フロリダ通算ゴール数2位)ジョナサン・フーバードーは現在カルガリーにいますが、元はパンサーズで活躍していました(2011年ドラフト全体3位指名)。

 まだ30歳にもなっていないフィンランド人センターであるバルコフ(2013年ドラフト全体2位指名)は-実は、彼の守備が最もよく知られているのだが……-、200以上のゴール(243)を挙げている唯一のパンサーです。フーバードーは198で2位です。

ロサンゼルス・キングス:リュック・ロビタイユ(左ウィング)

 グレツキー?キングス史上8番目のゴール数の選手だ(エドモントンの次の在籍チーム。1988-89シーズンから8シーズン)!

 ロビタイユとマルセル・ディオンヌは互角の戦いを繰り広げており、ロックアウト明けに39歳のロビタイユが復帰して、もう1シーズンプレーしなければ11、ロビタイユは通算ゴール数ランキング2位に終わっていたでしょう。

 「ラッキー・リュック」は、ディオンヌの550をわずかに上回った557ゴールで引退しました。

ミネソタ・ワイルド:マリアン・ガボリック(右ウィング)

 ブルージャケッツがナッシュをドラフトしたのと同様に、(ブルージャケッツと)同じ年(2000)にエクスパンション・チームであったワイルドがガボリックを獲得しています。

 彼はワイルド史上最多の219ゴールを記録しており、これは目立たない(それほど多くない)数字です。

 キリル・カプリゾフ(113ゴール)がガボリックに早くも近づいているので、それほど長くは続かないと予測しています。

ガボリックの懐かしい映像です。宙返りしてますね。

モントリオール・カナディアンズ:モーリス・リチャード(右ウィング)

 リチャードは50ゴールを決めた最初の選手であり、NHLのシーズンが50試合制だったときにそれを成し遂げました(1944-45シーズン)。

 モントリオールでとても愛され、NHLから出場停止処分を受けたとき、街は暴動を起こした12くらいですが、「ロケット」リチャードはチームで彼のキャリアを全うし、544ゴールを記録しました。

 実際、彼は500ゴール以上を挙げた3人(他はジャン・ベリヴォー、ガイ・ラフルール)のハブ(モントリオールの愛称)のうちの1人です。

まとめ

 もうレジェンドが次から次へと出てきて、おまけに、それほど長文じゃないので、自分も読んでいて疲れませんし、この記事を見つけていただいた方々にも読みやすいんじゃないか、と思っています。

 このブログ開始から、いろんなレジェンドを見てきましたけど、今回の記事で初めて知った選手もいて、「まだまだ奥が深いなぁ」とNHLを極める道は険しい、とつくづく感じさせられています。日本でNHLレジェンドをまとめた本とか出ればなぁ…。

 後半の16名もすごい選手が続々と出てきますし、推しチームのフィラデルフィア・フライヤーズのレジェンドも含まれています。YouTubeで、そのプレーぶりを見られるのは幸せ…。その手の映像を見て、NHLに興味を持っていただける方が増えるといいんですけどね。

讃岐猫
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【註釈】

  1. 96-97シーズン、78試合、51ゴール・58アシスト、97-98シーズン、73試合、52ゴール・34アシスト、98-99シーズン、75試合、47ゴール・60アシスト。97-98、98-99の2シーズン連続得点王獲得。
    ↩︎
  2. カナダの別称。カナダが世界で2番目に大きい国であることから「偉大」。国の中に北極の凍ったツンドラと雪があるため「白」。最後に、米国の「北」であること。これらによって、「グレート・ホワイト・ノース」と呼ばれるようになった。
    ↩︎
  3. ウィニペグ・ジェッツに9シーズン(1981〜90)、バッファロー・セイバーズに5シーズン(1990〜95)、セントルイス・ブルースに1シーズン(95-96。シーズン途中、フィラデルフィア・フライヤーズへ移籍)、フィラデルフィア・フライヤーズに2シーズン(95〜97)。
    ↩︎
  4. 1957〜78まで。その前に、デトロイト・レッドウィングスに2シーズン(1955〜57)在籍していた。
    ↩︎
  5. ゴール以外、出場試合(1,191)、アシスト(814)、ポイント(1,326)でもチーム歴代トップ。ポスト・シーズンも、この4部門でトップ。ただし、1シーズン単位で見た場合、チーム最多を記録した部門は無い。
    ↩︎
  6. 現役中、50ゴール以上を達成したのは2回。2001-02シーズンに52、2007-08シーズンに50となっている。
    ↩︎
  7. 2012-13シーズン、最下位近くの順位で低迷するカルガリーからの移籍を決断したイギンラは、優勝を狙える4チームへの移籍希望を突きつけ、その中からピッツバーグ・ペンギンズとのトレードが成立。

     しかし、13-14シーズンのスタンレーカップ決勝で全く振るわず、在籍わずか1シーズン、フリーエージェントでチームを離れる。
    ↩︎
  8. コネチカット州ハートフォードに拠点を置くハートフォード・ホエールズは、70年代末までWHAに参加し、1979年のNHL-WHA合併でNHLに参加。

     1997年、ホエールズはフランチャイズをノースカロライナ州に移転し、そこでカロライナ・ハリケーンズとなる。フランシスのゴール記録はホエールズ時代のものを加えており、ハリケーンズ改名後、キャリア末期ということもあり、118ゴールしか記録していない。
    ↩︎
  9. ミネソタ州は「ホッケーの州」を標榜している。具体的に言えば、「ミネソタ州では、ホッケーは単なるゲームと考えていない。生活の一部です。ホッケーは、私たちの情熱、コミットメント、そして、私たち自身を体現しているのです」とする。
    ↩︎
  10. ハウの名前と愛称「ミスター・ホッケー」、そして亡き妻の愛称「ミセス・ホッケー」は登録商標になっている。

     ハウはキャリア中にパワー、ミスター・エブリシング、ミスター・オールスター、ザ・モスト、ザ・グレート・ゴーディ、ザ・キング・オブ・ホッケー、ザ・レジェンド、ザ・マン、ナンバー9、とも呼ばれていた。

     彼の厳しいフィジカル・プレーに対して、「ミスター・エルボウズ」と呼ばれたこともある。
    ↩︎
  11. 2004-05シーズン、リーグのロックアウト後、2003-04シーズン在籍チームのロスアンゼルスに復帰し、65試合出場15ゴール・9アシストを記録。
    ↩︎
  12. 根底には、NHL会長によるフランス系カナダ人選手差別がある。カナダ・ケベック州出身であり、当時全盛期にあったリチャードを止めるべく、各チームが激しく当たってきたのがきっかけとなり、リチャードに重い出場停止処分が下された。

     それにより、会長は何度か殺害の脅迫を受け、次のカナディアンズの試合(デトロイト戦)で、ファンが彼に野菜、卵、その他の破片を投げつけた。ファンの一人が会長に催涙弾を投げつけたため、試合は没収。

     さらに、試合開始前に外に集まった大規模なデモ参加者の集団が、デトロイトのファンを迎え撃ち、2万人を超える暴徒が暴動を発展させていった。周辺の企業では窓やドアが破壊され、翌朝までに65人から70人が逮捕されたとされている。 ↩︎
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