ロシア代表不在のミラノ五輪!選手が語る葛藤と幻の最強布陣の裏側

アイスホッケー各国代表情報

はじめに

 ミラノ五輪を前に、ホッケー界ではロシア人選手たちの去就が大きな注目を集めています🏒。今回は、同じテーマを扱いながらも、視点の異なる2つの記事をピックアップしました。

 一つは、30歳という節目を迎えたザドロフ選手の葛藤に迫る記事。もう一つは、豪華すぎる「最強ロスター」の予測から、選手たちの純粋な憧れを描いた記事です。

 同じ現実を前にしても、立場によって見え方は千差万別。選手たちの切実な本音に触れれば、きっと今のホッケー界がもっと深く見えてくるはずです✨。ぜひ最後までご覧ください。

参照記事:ESPN公式サイト「What Russian NHL players are saying about the Olympic Games

30歳という節目に思う、ロシア人選手たちのオリンピックへの夢🏒

 皆さんは、仕事や私生活で「30歳」という年齢を意識したことはありますか?

 実はアスリートにとっても、30歳という数字は自分のキャリアをじっくり振り返る、とても大切な節目になるんです✨。これまでの道のりを見つめ直し、「あとどれくらい、この氷の上で戦い続けられるだろう?」と考え始める時期なんですね。

 ボストン・ブルーインズでディフェンスとして活躍するニキータ・ザドロフも、まさに今、そんな人生の段階に立っています。彼は世界最高峰のリーグであるNHLで13シーズンもの間戦い抜き、チームの守りの要である「トップ4ディフェンスマン」へと立派に成長しました。

 これまで数えきれないほどの激戦を経験してきた彼ですが、実はたった一つだけ、どうしても叶えられていない経験があるんです。

 それは、母国であるロシアの代表としてオリンピックの舞台に立つことです🇷🇺。ザドロフは今、「自分があの夢の舞台に立てる日は、本当にやってくるのだろうか」と、切実な不安を感じ始めています。

 ザドロフは今の心境をこう語っています。「僕たちNHLの選手は、ここ3大会もオリンピックに出場するチャンスを逃してきました。今年こそは出られるんじゃないかと期待していたのですが、どうやらそれも叶わなそうです。正直に言って、本当に、本当につらいですね」

ここ3大会もオリンピックに出場するチャンスを逃してきました

ロシア代表がここ数回のオリンピックに国家として正式参加できない背景には、スポーツの国際秩序と国際政治が複雑に絡んでいる。2014年のソチ五輪以降、ロシアは国家ぐるみのドーピング隠蔽問題で国際的な批判を浴び、それがスポーツ界全体の信頼低下につながる一因となった。

 世界反ドーピング機関(WADA)はモスクワの検査データ改ざんを理由にロシアに対して厳格な制裁措置を講じ、国としての国際競技会出場を一定期間禁止した。この措置により、ロシアは代表チームとして出場できず、条件を満たした選手のみが個人資格で参加せざるを得なくなったことがある。(テレ朝NEWS

 さらに大きな転機となったのは、2022年のウクライナ侵攻である。国際オリンピック委員会(IOC)は武力侵攻をオリンピック休戦精神の根幹を破る行為として強く非難し、ロシアとベラルーシのスポーツ組織を国際大会から締め出すよう各国際競技団体に求めた。この方針を背景に、IOCは2023年10月、ロシアオリンピック委員会を無期限の資格停止処分とした。

 これは、ロシアがウクライナ東部の占領地域のスポーツ団体を一方的に編入したことが、オリンピック憲章が定める「加盟国の自主性と領土一体性の尊重」に反すると判断されたため。(Reuters

 この処分の結果、ロシアは国として五輪に出場できなくなり、ミラノ・コルティナ2026冬季大会においてもチームとしての参加は禁止。同大会では、条件を満たした一部の選手が「中立の個人資格(AIN)」として出場できる可能性はあるものの、国旗や国歌の使用は認められていない。

 また、ロシアのアイスホッケーのような団体競技チームは中立の個人資格では成立しないため、チームとして大会に出場することはできない。

 彼の言葉からは、積み重ねてきたキャリアの重みと、手が届きそうで届かない夢へのもどかしさが痛いほど伝わってきます。しかし、彼はただ悲しんでいるだけではありません。自分たちが置かれている複雑な状況も、冷静に受け止めているんです。

 「でも一方で、関係者や周囲の立場も理解できるんです。僕が言いたいことは分かりますよね?今も戦争が続いていて、それに対する制裁も行われていますから……」と、彼は言葉を続けました。スポーツ選手としての純粋な願いと、避けられない厳しい現実の間で、彼の心は揺れ動いています。

選手にとってのオリンピックは、特別な憧れの場所🌟

 世界で一番レベルが高いといわれるNHLでプレーする選手たちには、常に大きな期待が寄せられています。その期待の中でも特に大きいのが、オリンピックという最高の舞台で自分の国を代表して戦うチャンスを得ることなんです。

 プロのアイスホッケー選手にとって、NHLの優勝決定戦であるスタンレー・カップ決勝でプレーすることは最大の目標の一つですが、選手によっては、オリンピックに出場することはそれと同等、あるいはそれ以上に価値があると感じることもあるほどです。それほどまでに、国の代表として戦うことには特別な重みがあるんですね。

 だからこそ、次のミラノ・コルティナ五輪にロシア人選手が出場できるかどうかという議論は、とても複雑なものになっています。今のNHLには、10年以上も実現していなかった「最高の選手が勢ぞろいする大会」で、自分の力を試したいと心から願っている選手たちがたくさんいます。

 しかし、同時に彼らはプロのアスリートとして、なぜ今の状況では自分たちが参加できないのか、その背景にある難しい政治的な理由も十分に理解しているんです。

 コロンバス・ブルージャケッツで活躍するキリル・マルチェンコも、そんな複雑な思いを抱える一人です。彼は今の状況について、正直な気持ちをこう明かしてくれました。「今は本当に厳しい状況です。オリンピックが近づいて、周りのみんなはすごく盛り上がっていますが、僕たちロシア人選手だけがその輪に入れていないように感じます」。

 マルチェンコは、もし自分たちが出場できていたら、どんなに素晴らしい大会になっていただろうかと想像せずにはいられないようです。

 「もちろん、僕たちだってオリンピックに出たかった。もし今回のロシア代表が結成されていたら、ロスター(登録メンバー)を見ても、ものすごく強くて素晴らしいチームになっていたはずなんです」と、悔しさをにじませながら語っています。

ものすごく強くて素晴らしいチーム

🇷🇺仮想・ロシア代表ロスター(2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピック)

フォワード(攻撃陣)

アレクサンドル・オベチキン(NHL歴代得点上位のスター)

エフゲニー・マルキン(万能型の中心選手)

ニキータ・クチェロフ(得点力に優れるウィンガー)

キリル・カプリゾフ(スキルとスピードに定評)

ダニラ・ユロフ(若手ながら中心選手候補)

ヴラディスラフ・ナメストニコフ(ベテランの安定感)

フェドール・スヴェチョフ(バランス型センター)

※また、KHL・欧州リーグからもルスラン・アブロシモフやロマン・カンツェロフなど、センター候補が議論されていた可能性もあります。(ESPN

ディフェンス(守備陣)

ドミトリー・オルロフ(NHLで評価の高いディフェンダー)
ニキータ・ザドロフ(フィジカル強さを生かす守備)
(※その他NHLでも評価されるロシア人ディフェンダーが複数名候補として考えられていた)
※※正式な予想一覧は出ていませんが、オルロフ、ザドロフを中心に組む布陣が想定されていました。

ゴールテンダー(GK)

イゴール・シェスチョルキン(Vezinaトロフィー級の実力)
セルゲイ・ボブロフスキー(実績あるエース候補)
イリヤ・ソロキン(安定感ある若手〜中堅)
アンドレイ・ヴァシレフスキー(世界屈指の守護神候補の一人)
※GK陣は世界でもトップクラスの人材が多く、3枠を巡る競争が想定されていました。(Inquirer.com

 この仮想ロスターは、NHLでの実績・現在のパフォーマンス・国際大会での経験などを基準に専門メディアが予想したものであり、実際の大会参加が許可された場合に形成されうる代表チームの一例です。ロシアはNHLに所属する選手数が非常に多く(約60人以上)で世界でも上位国の一つであり、もし出場できていれば金メダル争いに絡む強豪チームになっただろうと多くの分析で指摘されています。

なぜロシアは出場できないの?その背景とこれまでの道のり🌍

 ここで少し、なぜロシア代表がオリンピックに出られないのか、その背景についてお話ししますね。

 ロシア・オリンピック委員会は、2022年のウクライナ侵攻がオリンピックのルール(オリンピック憲章)に違反したとして、国際オリンピック委員会(IOC)から現在も資格を止められている状態にあります。

 その影響で、2024年のパリ夏季オリンピックでも、一部のロシアおよびベラルーシの選手たちは自分の国の代表としてではなく、厳しい条件をクリアした個人だけが「中立な立場」で参加することしか許されませんでした。

 アイスホッケーの世界でも同じように厳しい状況が続いています。競技を統括する国際アイスホッケー連盟(IIHF)は、ロシアとベラルーシの出場停止を継続することを決めました。2025年2月に出された発表でも、「まだ両国を大会に戻すには安全な状況とは言えない」という見解が示されています。

 こうしたいくつもの判断が重なった結果、ロシアは男子アイスホッケー代表チームをオリンピックに送ることができず、この4年間ずっと複雑な議論が繰り返されているのです。

 もともとスポーツは、最高のライバルたちが全力で競い合うことに本質があります🏒。だからこそ、世界一の選手たちが集まるNHLの選手が出場しないまま12年もの月日が流れ、3回もオリンピックが行われてきたことは、ファンや選手にとってもどこか「物足りない」と感じさせるものでした。

 もちろん、これまでの大会にも強豪国は出ていましたが、常に「最高のメンバーが揃っていない」という、ちょっと寂しい条件がついて回っていたんですね。

 そんな中で、ファンや選手たちからは「やっぱり、本当の世界一を決める大会が見たい!」という声がどんどん高まっていきました。アイスホッケーには「世界選手権」という大きな大会もありますが、これはNHLの優勝を争う大事な時期(スタンレー・カップ・プレーオフ)と重なってしまいます。

 そのため、多くのスター選手が参加できなかったり、オフシーズンを優先せざるを得なかったりする現実がありました。

 こうした声を受けて、ついにNHLとNHL選手会(NHLPA)は、選手たちをオリンピックに復帰させることで合意したんです!✨これをきっかけに、2025年には新しく「4カ国フェイスオフ」という大会が作られたり、かつての「ワールドカップ・オブ・ホッケー」を復活させようとする動きも始まりました。

ついにNHLとNHL選手会(NHLPA)は、選手たちをオリンピックに復帰させることで合意

長年の国際大会への“不在”を解消し、世界最高レベルのホッケー競技を再び“ベスト・オン・ベスト”(最高の選手同士)の形で実現したいという双方の強い思いがあった。

 NHLの選手は1998年長野オリンピックから2014年ソチ大会まで5大会連続で出場していたものの、2018年平昌五輪ではリーグ側とIOC(国際オリンピック委員会)との間で財政負担や保険の取り決めが合意に至らず、出場を辞退した。また2022年北京五輪もコロナ禍によるスケジュール混乱などが影響し、選手が参加できなかった。

 こうした不在期間が12年にわたり続いたことが、選手や関係者の間で“真の国際大会”への渇望を高めていた。

 これを受け、NHLとNHLPAは2019年頃から国際大会スケジュールの再構築について協議を進めてきました。国際アイスホッケー連盟(IIHF)やIOCと連携し、選手が参加しやすくリーグ運営にも支障が出にくい日程調整を模索した結果、まず2025年に「4 Nations Face-Off」という新たなNHL主体の国際トーナメントを開催する方向で合意。

 これは、アメリカ、カナダ、スウェーデン、フィンランドの代表チームがNHL選手のみで対戦する大会であり、この成功が後押しとなった。

 そして2025年7月、スイス・チューリッヒでIIHF本部において、NHL、NHLPA、IOC、IIHFの4者が正式に2026年冬季オリンピック(ミラノ・コルティナ)でのNHL選手参加を認める協定に調印。

 この合意は、単に選手が一度参加するというだけでなく、2030年フランス冬季五輪でも引き続き参加できる枠組みを確立するものであり、国際ホッケーの“ベスト・オン・ベスト”復活へ向けた大きな一歩とされている。

 こうした動きの背景には、選手自身が「母国代表として最高レベルの舞台で戦いたい」という強い望みがある一方で、リーグ経営側も国際大会参加がホッケーの世界的な普及・発展につながるという認識を共有していることがあり、互いの利害と理念が一致した結果として合意に至った。

 今後はオリンピックと4年ごとのワールドカップ・オブ・ホッケー(WCH)大会が交互に組まれる構想も進んでおり、長年停止していた国際大会スケジュールの再編が実現しつつある。(espn.com

 世界中のファンが待ち望んでいた「ベスト・オン・ベスト」の国際大会が、より頻繁に開催される準備がようやく整ってきたといえます。

盛り上がる大会の裏側で、ロシア人選手が考えた「もう一つの選択肢」🏒

 2025年に開催された「4ネイションズ・フェイスオフ」では、カナダ、フィンランド、スウェーデン、そしてアメリカが激突しました🇨🇦🇫🇮🇸🇪🇺🇸。この大会は、まさにオリンピックの前哨戦ともいえる盛り上がりを見せ、世界中のファンの期待を大きく膨らませました。「どの国が勝つのか?」「どんな選手が選ばれるのか?」といった話題で、持ちきりだったんです。

 でも、その熱狂の裏側で、ある「欠落」を感じていた人々もいました。それは、アイスホッケーの歴史で最も成功を収めてきた国の一つである、ロシアの不在です🇷🇺。あまりにも大きな存在が欠けている状況に、「もしロシアが出場していたら、一体どうなっていただろう?」という問いが、多くの人の頭に浮かびました。

 そんな中、ザドロフは非常に興味深い考えを提案しています💡。

 「もしNHLが昨年2月に行ったような独自の大会を運営して、そこにロシアを招待してくれたなら……。たとえ『国旗も使えない、国歌も流せない』という厳しい条件だったとしても、リーグでプレーするロシア人選手の99%は、喜んで賛成したはずです」と、彼は熱を込めて語りました。

 なぜ、そこまでして出場したいのでしょうか?ザドロフの言葉には、強い誇りが込められています。「結局のところ、自分たちが何者かは自分たちで分かっています。国旗がなくても僕たちはロシア人ですし、どこから来たかも忘れません。国歌だって、必要ならロッカールームで自分たちで歌えばいいんです」

 彼らにとって何より大切なのは、政治的な形式ではなく、「世界最高の選手たちと真剣勝負をしたい(ベスト・オン・ベスト)」という純粋な願いなんです。その機会があるなら、自分たちの実力を世界に向けて証明したい、と強く願っています。

 もちろん、ザドロフは、置かれた状況によって、この提案でも出場が難しかった選手がいたかもしれない、という事情も理解しています。それでも、「僕が知っている選手の大半は、間違いなく出場を選んだでしょう」と断言しました。

置かれた状況によって、この提案でも出場が難しかった選手がいたかもしれない

単に「国としての出場が禁止されている」という状況以上に、個々の選手が直面する可能性のある制約や条件が存在するからである。ここではその事情を、今回の記事とは別の信頼性の高い情報を基にわかりやすく説明する。

 まず基本として、ロシアのスポーツは2022年のウクライナ侵攻以来、国際大会から大規模に排除される状態が続いている。国際オリンピック委員会(IOC)や国際競技連盟は、ロシアとベラルーシの「チーム」としての参加を禁止しており、団体競技では中立の個人としても出場資格が認められないケースが多いことが確認されている。

 たとえば、IOCは2023年の段階で「国籍を持つ選手はチームとして出場できない」という方針を打ち出しており、これがアイスホッケーのような団体種目における制限の根拠にもなっている。こうした方針は、選手が個人として出場資格を得られる場合でも、「国家代表」として競うことができないことを意味する。

 また、選手はIOCや国際連盟が設ける特定の条件(例:軍事・戦争支援との関係がないこと、政治的立場など)を満たさなければならないと定められており、このハードルが高いことが報じられている。

 具体的には、IOCが中立選手として出場を認める場合でも、「戦争を支持していない」「軍や国家安全機関と契約していない」などの要件が付されることが、IOCの勧告文書でも示されている。これは単に所属リーグでの活躍だけではなく、選手個人の政治的・社会的背景や関係性が評価対象になることを意味する。

 もしこれらの条件を満たさないと判断されれば、その選手単体でも出場を認められない可能性がある。

 また、IOCが個々の選手に出場資格として与える「AIN(個人中立選手)」の枠組みも、各競技団体ごとの判断が不可欠であり、必ずしもすべての競技で均等に適用されていない。

 たとえば、フィギュアスケートなどでは「各種目1人」という制限のもとでロシア勢の参加が限定的に認められる見込みである一方、団体競技については依然として制限がかかり、ロシア代表としての出場が認められていないという状況が生まれている。(nikkansports.com

 そうした状況を踏まえると、ザドロフが指摘する「置かれた状況によって出場が難しい選手がいたかもしれない」という発言は、単に「ロシアだからダメだった」という一括りのものではなく、国際大会参加の条件そのものが多岐にわたり、個々の選手がその条件を満たすかどうかによって出場可否が分かれる可能性があるという事情が背景にある。

 たとえ4カ国フェイスオフのような大会でも、ロシア国籍の選手が単純に「呼ばれれば誰でも出場できる」という状況ではなく、国際ルールや政治的制約の中で慎重に判断される必要があったということである。

 さらに彼は、4ネイションズ・フェイスオフにロシアを含めることに対して、他国から懸念する声があったことも知っています。その一方で、別の国籍を持つ選手たちと話をすると、「本当はロシア代表と戦いたかった」と言ってくれるライバルもたくさんいたそうです。

 選手同士の間には、国を越えたリスペクトと、最高の相手と戦いたいという共通の想いがあるんですね🤝。

昨年2月の4ネイションズ・フェイスオフに、もしロシア代表が出場していたら…。このメンバーは最強。

現実を受け入れ、前を向く選手たちの素直な気持ち❄️

 本記事の取材に答えてくれた選手たちは、イタリアでのオリンピックに自分たちが参加できないという現状を、とても冷静に、そして少しの寂しさを抱えながら受け止めています。彼らにとってこの問題は、自分たちの努力だけではどうにもできない、政治とスポーツが絡み合った非常に複雑なものだからです。

 サンノゼ・シャークスのディフェンス、ドミトリー・オルロフは、今の正直な思いをこう語ってくれました。「つまり、これは政治とスポーツの問題なんです。僕たちに言えることは何もありません。ただ、これが現実なんだと受け入れるしかありません。僕たちが決めたことではないですから、今の生活を続けていくしかないんです」。

 それでもオルロフは、今自分が置かれている環境に感謝することを忘れていません。「僕たちは今もNHLという素晴らしい場所でプレーし続けられています。それは本当に幸運で、大切なことです。自分の仕事が大好きですから、あまり深く考えすぎないようにしています。ただ、次のオリンピックではチャンスが巡ってくることを願っています」と、未来への小さな希望を口にしています。

次のオリンピックではチャンスが巡ってくること

国際スポーツ界の一部には、現在の制裁が戦争行為そのものと選手・競技者を一括りにして扱っていることへの疑問や、スポーツマンシップの観点から選手個人の出場機会を奪うべきではないという意見もある。

 こうした声は「最新のスポーツ界のニュース解説」などで取り上げられることがあり、ロシア選手がいないと競技レベルが低下するという見方や、スポーツ本来の“国境や政治を越えた交流”という理想に立ち返るべきだという主張として表明されている。(trtworld.com

 ただし、このような意見に対しては強い反対意見もある。特にウクライナ側やその支持国からは、戦争状態の継続下でロシア勢の参加を認めること自体が戦争行為を容認するようなメッセージになってしまうと反発する声が強く、IOCの中立出場方針すら「戦争中の参加は不適切だ」と批判する動きが続いている。(公益財団法人 日弁連法務研究財団

 現在34歳のオルロフは、NHLで活躍するロシア人選手の中でも6番目に年長の選手です。彼は、ロシアという国が大きな転換期を迎えていた時代に生まれました。彼が誕生したとき、ソビエト連邦が崩壊してからちょうど5か月が経ち、国家が新しく「ロシア」へと変わったばかりの頃だったのです。

 そんな激動の時代背景を持つ彼は、代表チームに対しても独自の特別な視点を持っています🇷🇺。

圧倒的だったソ連時代の伝説と、オルロフの歩み🏆

 アイスホッケーは、かつてのソビエト連邦にとって、国全体の誇りやアイデンティティそのものでした。当時のソ連男子代表は、なんと全試合の81%で勝利するという驚異的な強さを誇っていたんです。

 オリンピックで7個の金メダルを獲得し、IIHF世界選手権では22回の優勝を果たし、1963年から1971年にかけて9連覇という、信じられないような伝説を作りました。

 国がソ連からロシアへと新しく生まれ変わっていく中で、選手たちの環境も大きく変わりました。以前よりも自由に北米へ渡れるようになり、多くのロシア人選手が憧れのNHLへと旅立っていったのです。

 オルロフがまだ7歳だった1998年、日本の長野でオリンピックが開催されました。この大会は、ロシアが初めて「NHLで活躍するスター選手」を揃えて挑んだ記念すべき大会でした。主将のパベル・ブレをはじめ、フェドロフやヤシンといったキラ星のごときスターたちが名を連ね、見事に銀メダルを獲得したのです。

1998年、日本の長野でオリンピックが開催

1998年の長野オリンピックは、アイスホッケー史におけるターニングポイントの大会でした。この年は初めてNHLが公式にシーズン中に大会参加のための休止期間を設け、各国がリーグのスター選手をオリンピック代表に送り込むことが可能になった。

 男子アイスホッケーでは、これまでトップレベルの大会でなかなか実現できなかった「世界最高峰のプロリーグ(NHL)の選手たちによる国際対戦」がついに実現した。

 ロシア代表チームは、長野大会で銀メダルを獲得しました。大会の決勝戦では、チェコ共和国と対戦し、1対0という僅差で敗れましたが、この準優勝はロシアにとって非常に価値ある結果となった。

 決勝戦は序盤から締まった試合展開となり、決勝ゴールはチェコ側に奪われたが、ロシアは最後まで金メダル獲得を狙える強さを示した。(International Hockey Lineal Championship

 このロシア代表チームには、当時のNHLで活躍するスター選手が多数名を連ねていた。たとえばパベル・ブレは得点力の高さで注目を集め、チームの重要な攻撃力として機能。またセルゲイ・フェドロフは、準決勝のフィンランド戦や予選リーグでも好パフォーマンスを見せ、経験豊富なベテランとしてチームを牽引した。

 ほかにもアレクセイ・ヤシンなどが得点やアシストに絡み、総合力の高い布陣を形成。こうした選手たちは、ロシア代表が再び国際大会のトップレベルで戦える存在であることを示す証でもあった。

 大会全体を見ると、1998年のアイスホッケーは米国やカナダといった伝統的な強豪国に加え、チェコ共和国やフィンランドなどの新興勢力が台頭し、多様な勢力がしのぎを削るものとなった。

 これにより大会は非常にレベルの高い戦いとなり、特にNHL選手が参戦したことで戦術やスピード・スキルの面でこれまでにない国際大会の姿が見られたのである。

 この長野オリンピックのロシア代表の活躍は、単なる銀メダル獲得という結果以上の意味を持っていた。それまでのソビエト連邦崩壊後にNHLへ進出した選手たちが、母国代表として初めて世界の舞台でNHL仲間と共に戦った証であり、以降の国際大会におけるロシアの存在感を示した大会となったのである。

 そんな輝かしい歴史の中で育ったオルロフも、10代の頃からその才能を存分に発揮していました。ロシア代表としてジュニア大会で35試合、シニアでも31試合に出場し、世界ジュニア選手権と世界選手権の両方で優勝を経験している、まさにエリート選手です。

 2018年には、ワシントン・キャピタルズの一員として、ついに念願のスタンレー・カップを掲げました。その時のチームを率いていたのは、NHLの歴代最多得点記録を持つ、あの史上最高のロシア人選手と称される、伝説のアレクサンドル・オベチキンでした🏒。

 これほどまでに輝かしいキャリアを築き、あらゆる栄光を手にしてきたオルロフですが、実はたった一つだけ、まだ経験できていないことがあります。それが、オリンピックの舞台でプレーすることなんです。

懐かしい長野五輪での映像。ロシアvs.フィンランド戦の様子です。

憧れのユニフォームと、幻の金メダルへの想い🥇

 「子どもの頃、ロシア代表の試合をテレビで食い入るように見ていました」と、オルロフは懐かしそうに振り返ります。

 「代表の試合はいつも本当に楽しかった。子どもの頃に地元で一緒に切磋琢磨していた仲間たちと、今はNHLでライバルとして戦っているけれど、代表になればまた同じチームになって、同じ言葉を話せるんです。国中が一つになって応援してくれる中でプレーするのは最高に素晴らしいことだ、ってみんなが言いますよね。

 子どもの頃の僕は、まさにそんなキラキラしたイメージを抱いていました。だからこそ、今それができないのは、正直に言って本当につらいですね」。

 オリンピックに出場できないロシア人選手たちが抱えているフラストレーション、それは単に「試合に出られない」というだけではありません。「自分たちが出場していれば、絶対にメダル争いができたはずだ」という強い自信があるからこそ、悔しさが募るのです。

 もしかすると、ソビエト連邦が崩壊して以来、2度目となる歴史的な金メダルを自分たちの手で掴み取れたかもしれない……そんな可能性さえあったのです。

 実際に、2018年の大会では、ドーピング問題でロシア代表としての参加は認められなかったものの、「ロシアからのオリンピック選手(OAR)」という名前で出場したチームが見事に金メダルを獲得しています。

「ロシアからのオリンピック選手(OAR)」という名前で出場したチーム

2018年の平昌オリンピックでは、ロシアのスポーツ界がドーピング不正により国としての出場が禁止される中、一定の条件を満たした選手に限り「Olympic Athletes from Russia(OAR/ロシアからのオリンピック選手)」としての出場が認められた。

 この名称は、ロシア国旗や国家を用いない中立枠での参加を意味しており、メダル獲得も国の公式記録としては帰属されない形だったが、ロシア勢は競技では最高峰のパフォーマンスを見せた。特にアイスホッケー男子代表は、その象徴的な例として大会全体を通じて注目を集めた。

 平昌大会のアイスホッケー決勝は、2月25日に行われたドイツとの対戦。試合は両チームが激しく競り合い、最終的に延長戦の末にOARが4-3で勝利し、劇的な金メダルを獲得。このゴールは、若手のキリル・カプリゾフがパワープレーから決めたもので、ロシア人選手としては26年ぶりのオリンピック金メダル獲得となる歴史的な一撃となった。(SI

 この勝利は、1992年アルベールビル五輪で旧ソビエト連邦崩壊後の統一チームが金メダルを獲得して以来の「ロシア系選手による金メダル」であり、OARチームにとってもその象徴的な成果となった。

 試合中、OARは準決勝まで大差で勝ち進むなど力強さを示し、決勝戦でも格下とは見なされなかったものの、序盤はドイツにリードを許す場面もあった。しかし試合終盤に追いつき、延長で勝利を手にしたことで、多くのファンや氷上関係者に強い印象を残した。

 興味深いエピソードとして、OARチームは公式にはロシア国歌や国旗を使用することを禁止されていたが、表彰式の際には選手や観客の間でロシア国歌が自然に歌われる場面も見られた。こうした行為はIOCの規定に反するものであったが、選手たちの気持ちの強さを象徴する出来事として話題になった。(中日新聞社

 もし、今の最強メンバーが揃った正式なロシア代表がリンクに立っていたら……。選手たちの心の中には、そんな「もしも」の光景が今も鮮やかに広がっています🏒✨。

次のページもロシア人選手の葛藤を解説します!

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