はじめに
4月8日(土曜日)、ありそうでなさそうな事がNHLで起きました。といっても、珍事とか重大事件ではなく、全32チームの試合(つまり16試合)が1日で行われたのです。通常、1日6~8試合平均でしょうか、時差や移動距離のこともありますから、無理のない日程が組まれます。
それが一気に倍増となると、まさに「ホッケー祭り」といった感じですね。ホッケーファンは、「どの試合を見ればいいんだろう」と嬉しい悩みで、前の日から眠れなかったのではないでしょうか(羨ましい)。
今回は、そのホッケー祭り?を記念して、時間を1967年に戻してみました。この年、NHLは6チームから倍の12チームに増え、今のエクスパンション(チーム拡張)のはしりになったわけですが、開幕間もない10月18日、全12チーム6試合が1日で行われたのです。
当時はどんな感じだったのでしょう、歴史を彩った名選手がてんこ盛りで出てきますよ!
名選手コレクターのオイラとしては、
ゾクゾクワクワクするような選手の目白押しに、
卒倒しちゃいそうだにゃ!
引用元:NHL.com「All 32 NHL teams on ice for 1st time recalls similar scene in 1967」。
長い歴史の中でも、珍しい1日がやってくる!
NHLの106年の歴史の中で最も忙しい昼/夜が土曜日(4月8日)に来ます。バッファローの東部時間午後12時30分からロサンゼルスの東部時間午後10時30分までの間に行われる16試合に、全32チームが出場します。
1917年のリーグ創設以来(当時はわずか4チームで)、すべてのチームが同じ日に行動を起こす(試合をする)のは1,040回目であり、1942年、いわゆる「オリジナル・シックス」の開始によって、今のリーグが始まったと定義されている現在では75回目となります。
※1917年のリーグ創設以来=1917年のNHL発足時は、次のの5チームで構成されていた。モントリオール・カナディアンズ、トロント・アリーナズ、オタワ・セネターズ、モントリオール・ワンダラーズ、ケベック・ブルドッグス。
このうち、トロント・アリーナズはやや遅れて参加している。
※オリジナル・シックス=世界恐慌や第二次世界大戦の影響で、いくつかのチームが活動を停止する中、1942年時点で残ったチームのことを、こう呼ぶようになった。6チームは、次の通り。
モントリオール・カナディアンズ、トロント・メープルリーフス、デトロイト・レッドウィングス、
ボストン・ブルーインズ、ニューヨーク・レンジャース、シカゴ・ブラックホークス。
1942年にブルックリン・アメリカンズが解散して、7チームから6チームになって以降、1967年の拡張によって6つの新しいフランチャイズが追加されるまで、NHLはずっと6チームのリーグでした。
※ブルックリン・アメリカンズ=当初はニューヨーク・アメリカンズ、通称Amerks。1925~1942年までニューヨーク市を本拠地として活動。NHLの歴史上、1917年の5チーム以外で、3番目に新しく参加したチームである。
スタンレーカップ優勝はないが、準決勝に2回進出。ニューヨーク市の最初のチームでありながら、1926年、レンジャースがマディソン・スクエア・ガーデンを使うようになったことから、そのチーム運営に影を落としたとされている。
1941年、チームはブルックリン・アメリカンズとなったが、1942年のシーズン中、第二次世界大戦と長年にわたる財政難のために同年、活動停止。レギュラー・シーズンの通算勝敗記録は255–402–127。
※6つの新しいフランチャイズ=エクスパンション・シックスとも言う。ミネソタ・ノーススターズ、カリフォルニア・シールズ、ロサンゼルス・キングス、フィラデルフィア・フライヤーズ、ピッツバーグ・ペンギンズ、セントルイス・ブルース。
第二次世界大戦後の混乱で、多くの選手がマイナー・リーグに流れたため、ややもすると、NHLよりも強いチームが出る状況に。特にWHLがメジャー展開を図ろうとしていたため、NHLはそれに対抗するべく、6チームを増やしたとされている。
1967年10月18日、忙しい夜が始まった!
1967年10月18日、12チームからなるNHL開幕(同年同月11日)以降、5日分日程を消化した水曜日、すべてのチームが初めて試合を行いました。それまで、リーグはこれほど忙しい夜を見たことがなかったのです。
ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンからカリフォルニア州のオークランド・コロシアムまでの6つのアリーナで、大観衆が、あるいは(場所によって)やや少なめの観衆が、3つの引き分け、(大量失点で)吹き飛ばされたチーム、1点差での2試合、
前回のスタンレー・カップ優勝チームの敗北、将来の殿堂入り選手によるハットトリックを目撃したのです。
新チームが観客の支持を集めるには、一般的に少し時間がかかるもので、西地区の3試合を合わせた観客動員数は、ニューヨーク・レンジャーズ対モントリオール・カナディアンズ戦よりも3,387人少ないものでした。
※西地区の3試合=東と西の区分は次の通り。東:カナディアンズ、レンジャーズ、ブルーインズ、ブラックホークス、メープルリーフス、レッドウィングス。西:フライヤーズ、キングス、ブルース、ノーススターズ、ペンギンズ、シールズ。
つまり、新チームは全て西地区に集められていたため、記事にあるように、開幕5試合では、定着どころか、ファンの関心もまだ低かった事がわかる。
東から西へ、歴史的な6試合のスケジュールへと戻っていく旅は、今日のNHLからすると、比較的静かな夜でした。
古参チームと新参チームをはっきり分けちゃってたんだにゃ。
それもお客が入らなかった原因かも。
東地区の伝統の一戦!
モントリオール・カナディアンズ2、ニューヨーク・レンジャーズ2
その当時、NHLで最も忙しい夜に、イヴァン・クルノワイエが最初のゴールを決め、第1ピリオド・1分11秒でレンジャーズのゴールキーパーであるエディ・ジャコミンを打ち破ったのです。
※イヴァン・クルノワイエ=カナダ、ケベック州ドラモンドビル出身の79歳。現役時のポジションは右ウィング。10回のスタンレーカップを獲得。1972年、クルノワイエはカナダ対ソ連シリーズの決勝戦とも言うべき第8戦、残り7分で同点ゴールを決めている。
170センチと小柄ながら、燃えるようなスピードから「ロードランナー」の愛称で親しまれた。
※エディ・ジャコミン=カナダ、オンタリオ州サドベリー出身の83歳。AHLのプロビデンス・レッズでプレーしていたところ、レンジャーズが関心を示し、1965年、3人の選手と先発ゴールキーパー1人とのトレードでレンジャーズ入りとなる。
熟練したスティック・ハンドラーと言われる半面、ケガをしながらゴールを守り切る闘将としても知られる。
マディソン・スクエア・ガーデンには、当時ニューヨークのホーム開幕戦史上最大となる15,925人のファンが詰めかけていました。
ジャコミンの対面にいる相手はカナディアンズのゴールキーパー、ガンプ・ウォースリー。彼は人気の高い元レンジャーズの選手で、キャリアの最初の10年間をブロードウェイでプレーしていました。
※ガンプ・ウォースリー=カナダ、ケベック州モントリオール出身、2007年死去、享年77歳。キーパーのマスク着用反対論者であり、「私の顔がマスクだ」と言ったことで有名。
奇抜な言動・行動のせいでチーム上層部や監督と衝突も多かったが、カナダのロックバンドからトリビュート・ソングを作ってもらうほど、万人に愛されてもいた。「ガンプ」は愛称で、コミックのキャラクターのアンディ・ガンプに似ていることから。
卵をぶつけても、暴力を振るってもいけません!
前回の3月13日以来、ウォースリーは初めてガーデン・アイスに登場しました。しかし、その夜(10月18日)、アリーナの上方から卵が投げ込まれ、それがベテランの頭に直撃したため、彼は脳震盪を起こし、退場となっていまいました。
同日、第1ピリオド、モントリオールのジョン・ファーガソンとテッド・ハリス対ニューヨークのレジー・フレミング、オーランド・カーテンバッハの乱闘に対し、主審のバーン・バフィーは28分間のペナルティーを宣告しました。
※ジョン・ファーガソン=カナダ、ブリティッシュ コロンビア州 バンクーバー出身、2007年死去、享年68歳。現役時のポジションは左ウィング。引退後、レンジャーズ監督、そしてGMに就任。
チームとのトラブルによる突然の引退(1971年)や、翌年のカナダ対ソ連戦、カナダ代表アシスタント・コーチだったファーガソンが、故意に相手選手を傷つけるように選手へ命令した等、きな臭い噂も多い。
※テッド・ハリス=カナダ、マニトバ州ウィニペグ出身、86歳。現役時のポジションはディフェンス。カナディアンズ時代に4回、引退した年(1974-1975)に在籍したフライヤーズで1回、スタンレーカップを獲得。
引退後、ミネソタ・ノーススターズ監督を3シーズン務めたが、あまり成績は振るわなかった。
※レジー・フレミング=カナダ、ケベック州モントリオール出身、2009年死去、享年73歳。現役時のポジションは左ウィングとディフェンス。いわゆる「二刀流」、自チームのペナルティで相手の人数が多くても、攻撃的な守備で守り切る達人。
二刀流のおかげか、NHL引退後もマイナーリーグで6年間プレーした。
※オーランド・カーテンバッハ=カナダ、サスカチュワン州カドワース出身、86歳。現役時のポジションはセンター。非常にタフなファイターで、フォワードのポジションにありながら、攻撃的守備スキルも高かった。
バンクーバー・カナックスがNHL入りする際、拡張ドラフトで指名され、初代キャプテンとなる。
ニューヨーク・デイリーニュースのレッド・フォーリーは「スケート靴でのキック、相手を叩きのめす一撃、ゲンコツによる強打が開幕の第1ピリオドを彩ってしまった」と書いています。
※レッド・フォーリー=アメリカのスポーツライターおよび野球の公式スコアラー。2008年死去、享年80歳。1966年、にメジャーリーグ・ベースボールの公式スコアラーとしてキャリアを始め、2002年に引退するまで、3,000以上の試合に携わっている。
スポーツライターとしてのキャリアは1981年までの34年間に及び、その主な発表の場がニューヨーク・デイリーニュースなのである。
カナディアンズでスタンレーカップ優勝4回の経験を持つ、レンジャーズのフィル・ゴイエットが、残り2分35秒の同点ゴールを含む2得点を挙げ、1-0と2-1の劣勢から挽回しました。
※フィル・ゴイエット=カナダ、ケベック州ラシーン出身、89歳。現役時のポジションはセンター。1969–70シーズン、セントルイス・ブルースで、29ゴール・49アシストで78ポイントを記録(両方ともキャリア最高)。しかし、ブルースでプレーしたのはこの1年のみである。
当時の雰囲気の分かる映像がありました!
後編…いや、名選手紹介をしてたら、
思いの外、長くなりそうなので、三部作になるかもにゃ!
次回もお楽しみに!
ここまで読んでくれて、サンキュー、じゃあね!