はじめに
ホッケーを題材にした恋愛小説が、アメリカで大きな人気を集めています。作品をきっかけにNHLの試合を初めて観戦する人も現れ、リーグにとっては新たなファン層を開拓する好機となっています。
一方、NHLが打ち出した音声ドラマ企画「Hot for Hockey」は批判を浴びました。ブームを利用するだけで、読者を長期的なファンへと変えられるのでしょうか。今回の騒動から、リーグが取り組むべき課題を考えていくこととします。🏒
「Hot for Hockey」の概要と背景
- 企画の目的と公開時期 2026-27シーズンの開幕に合わせ、NHLが2025年頃から世界的な大ブームとなっている「ホッケーロマンス(アイスホッケー選手を主人公にした恋愛小説ジャンル)」の人気を取り込もうとして企画した、短編音声ドラマシリーズです。NHLの新任CMOであるショーン・エガートの主導のもと、Spotifyで全7エピソードが一斉に配信されました。
- 内容と演出 エピソードは1話あたり約30秒から90秒程度で構成されており、過激な描写こそないものの、一般的な恋愛系オーディオブックを思わせるドラマチックで情感豊かな語り口が採用されました。
- 実名起用された選手たち コナー・マクデイヴィッド(『Chasing Connor』)やジャック・アイケル(『Jack of Hearts』)、トレバー・ゼグラス(『The Summer I Turned Gritty』)など、実在するトップ選手の名前やイメージを冠した架空のシチュエーションが描かれました。選手本人はコンテンツを事前承認していましたが、NHL選手会(NHLPA)は関与していませんでした。
批判を浴びた理由と結末
- 過度な「疑似恋愛(パラソーシャル)」への懸念 架空のキャラクターを前提とするロマンス小説のノウハウをそのまま「実在のプロ選手」に適用したことで、選手とファンの間に不健康な恋愛感情や境界線の曖昧さを生むのではないかと、作家やファンの間で大きな反発を招きました。過去に選手やその家族がファンからの過激なコメントに悩まされた騒動があったことも、強い警戒感につながりました。
- ファンの本音とのズレ ロマンス読者やインフルエンサーからは、「選手を『理想の彼氏』としてマーケティングするのではなく、初心者に向けた丁寧なルール解説や、球場での温かいコミュニティづくり、さらにはリーグ側の安全な観戦環境の整備(規程の改善など)といった本質的な課題に目を向けてほしい」という批判の声が上がりました。
- 企画の短命な結末 こうした強い批判や反発を受け、各エピソードは公開から1週間も経たないうちに、Spotifyから削除されることになりました。リーグ側は「もともと開幕週限定のプロモーションだった」と説明しています。
参照記事:The Athletic「NHL has romance readers falling for hockey. Can it give them a reason to stay?」
📖 ホッケーロマンスが生んだ新たな観客
ホッケーロマンスは、架空のホッケー選手たちの恋愛や人間関係を描く、スポーツロマンスの一ジャンルだ。TikTok上で本の紹介や感想を共有するコミュニティ「BookTok(ブックトック)」が、人気拡大を後押ししてきました。
Circana BookScanによると、2024年にはBookTok関連のクリエイターやコンテンツに関連づけられる米国の紙書籍販売が約5,900万冊に達しています。
※「BookTok(ブックトック)」の概要と特徴
- プラットフォームの性質 短尺動画を中心に世界的な人気を集めるSNS「TikTok」の中で、書籍の紹介、レビュー、読後の感想、お気に入りのシーンへの反応などをユーザーや作家が共有しているコミュニティの総称、またはそのムーブメントを指します。
- 爆発的な影響力 文字による長文の書評だけでなく、感情豊かな動画表現や音楽、ファンの熱量がダイレクトに伝わる仕組みがあるため、口コミが瞬く間に拡散する特徴を持っています。出版業界において現代の最も強力な販促ツールの一つとして広く認知されています。
- 市場への影響 出版業界の調査データ(Circana BookScanなど)によると、その影響力は巨大で、例えば2024年だけでも米国における紙書籍の年間総売上のうち約5,900万冊が、BookTokに関連するクリエイターやコンテンツをきっかけに販売されたと推計されています。
「ホッケーロマンス」のブームとの関わり
- ジャンルの牽引役 アイスホッケー選手とヒロインの恋愛を描く「ホッケーロマンス」は、このBookTok上で熱狂的な支持を集めました。読者同士が推し活の感覚でおのおののおすすめ作品や、胸キュンシーンを共有し合ったことで、瞬く間に一大サブジャンルへと成長しました。
- リアルなファンコミュニティへの発展 オンライン上の画面を超え、現実のスポーツアリーナでブックフェアやテーマナイト(ホッケーロマンス・ナイトなど)が開催されるきっかけを作るなど、ネットの熱量をリアルなファン層の拡大へとつなげる大きな原動力となっています。
人気は映像作品にも広がっています。
- 『ヒーテッド・ライバルリー(Heated Rivalry)』:レイチェル・リードの小説を原作とするドラマ。2025年11月にHBO Maxで配信開始。
- 『オフ・キャンパス(Off Campus)』:エル・ケネディの人気シリーズを原作とする映像作品。Amazon Prime Videoで公開された。
- 『アイスブレイカー(Icebreaker)』:ハンナ・グレースのベストセラー小説。Netflixが映像化を進めている。
NHLのデータによれば、昨シーズンの女性視聴者数は約70%増加しました。リーグはその要因の一つとして、『ヒート・リバライ』などの人気を挙げています。コミッショナーのゲイリー・ベットマン自身も、同作を一気見したと明かしました。
小説人気は、実際の観戦にもつながっています。3月、ナッシュビルのブリヂストン・アリーナでは、ナッシュビル・プレデターズが初開催した「ホッケーロマンス・ナイト」に大勢の読者が集まりました。作家との交流やサイン会、限定グッズが用意され、この日のモントリオール・カナディアンズ戦が初観戦だった人も少なくなかったと言われています。
『ヒーテッド・ライバルリー』
- 『ヒーテッド・ライバルリー (Heated Rivalry)』の作品概要
レイチェル・リードの同名小説(全6作の『ゲーム・チェンジャーズ』シリーズの第2作)を原作としたスポーツロマンスドラマです。アイスホッケー界のトップスターであり、激しいライバル関係にあるカナダ人選手シェーン・ホランダーとロシア人選手イリヤ・ロザノフが、氷上の闘志の裏で秘めた関係を深めていく長年の恋と葛藤を描いています。ジェイコブ・ティアニーが監督・制作を手がけ、2025年11月に配信がスタートしました。
『オフ・キャンパス(Off Campus)』と『アイスブレイカー(Icebreaker)』
「『オフ・キャンパス(Off Campus)』」の解説
- 作品の概要 作家エル・ケネディが2015年に刊行した『The Deal(原題)』を第1作とする、全5作からなる大ヒット小説シリーズです。架空の大学「ブライアー大学」を舞台に、大学のホッケーチームに所属する選手たちとヒロインたちが繰り広げる恋愛や青春模様を描いています。
- 映像化と反響 原作の圧倒的な人気を受けてAmazon Prime Videoで映像化され公開されました。配信開始からわずか12日間で3,600万人以上の視聴者を獲得するなど、世界的な大ヒットを記録しています。
「『アイスブレイカー(Icebreaker)』」の解説
- 作品の概要 ハンナ・グレースによる非常に人気の高いベストセラー小説であり、スポーツロマンスのジャンルを牽引する代表作の一つです。競技生活や人間関係に奮闘するスケーターやホッケー選手たちのリアルで甘い恋愛模様が描かれ、TikTok上の読書コミュニティ(BookTok)などを通じて爆発的な支持を集めました。
- 出版・映像化の動向 単一の作品としても500万部を超える驚異的な部数を売り上げる大ヒットとなっており、現在はNetflixによって映像化のプロジェクトが進められています。
『ヒーテッド・ライバルリー』の公式予告編です。2025年11月にHBO Maxで配信スタート、ポップカルチャーとしてのホッケーブームの火付け役となった重要作。
Amazon Prime Videoで公開され、配信開始から12日間で3,600万人以上の視聴者を獲得した大人気ドラマ『オフ・キャンパス(Off Campus)』の公式ティーザー予告編です。架空の大学ホッケーチーム「ブライアー大学(Briar U)」が舞台。
🎧 「Hot for Hockey」はなぜ批判されたのか
2026-27シーズンの開幕に合わせ、NHLは全7話の短編音声シリーズ「Hot for Hockey」を公開しました。
新任の最高マーケティング責任者(CMO)、ショーン・エガートが主導したこの企画には、C.R.ジェーンらの作家、イラストレーター、声優が参加しています。実在するNHL選手の名前やイメージを使い、架空のシチュエーションを描いたものです。
9月29日の開幕日には、6人の選手を題材とする全7エピソードがSpotifyで一挙公開されました。
- 『Chasing Connor』:コナー・マクデイヴィッドが題材。
- 『Jack of Hearts』:ジャック・アイケルを中心に描く。
- 『The Summer I Turned Gritty』:トレバー・ゼグラスがフィラデルフィアで新たな姿へと変わる物語。
ゼグラスのエピソードでは、熱い夏を経て、フィラデルフィアのイケメンがワイルドでたくましい男へと変貌した、という趣旨の表現が使われています。
各エピソードはおおむね30~90秒で、ロマンス系オーディオブックを思わせるドラマチックな語り口を採用。NHLによれば、登場選手本人は内容を承認していました。一方、NHL選手会(NHLPA)は企画に関与しておらず、コメントを控えています。
ベットマンは、ホッケーロマンスが文化現象になっている以上、その流れに乗るのは当然だという趣旨の発言をしてはいます。
しかし、シリーズは公開から1週間もたたないうちに、Spotifyから取り下げられました。NHLは、当初から開幕週限定のプロモーションとして計画していたと説明し、続編を約束したわけではないとしています。

昔ほど北米のドラマを見なくなったので、こういう作品が配信されていたとは知らなかったにゃ。いくつかは日本でも配信されているんじゃなかったかな。
ファン獲得のために、いろんな入り口を設けるのはいいことだと思うんだけど、人気取りが過ぎて差別的でエグい表現をするのは、やはり良くない。
記事中にあるように「誰もが安心して楽しめる環境づくり」を、リーグが率先して模範的にやってくれることを切に望みます。
⚠️ 実在選手とフィクションの境界線
オンタリオ州南西部に住むロマンス作家でホッケーファンでもあるマギー・バズダリックは、今回の企画を厳しく批判しました。「ルーナ・フロスト」のペンネームで執筆し、オンラインコミュニティでは「ムーニー」の名で知られている人です。
彼女が問題視したのは、リーグがホッケーロマンスに注目したことではなく、架空の人物を中心とするジャンルに実在選手を登場させた点です。選手とファンの距離感が曖昧になり、一部のファンが過度な親密さを期待する恐れがあると指摘しています。
背景には、2023年の騒動もあります。シアトル・クラーケンのフォワード、アレックス・ヴェンベリと妻は、BookTokコミュニティの一部から寄せられた性的なコメントに不快感を表明。その後、クラーケンもBookTok関連の投稿を削除しました。
※2023年のアレックス・ヴェンベリを巡る騒動
- 騒動の発端: TikTokの読書コミュニティ「BookTok」の一部ユーザーの間で、シアトル・クラーケンのフォワードであるアレックス・ヴェンベリの容姿や個人に焦点を当て、過度に性的で露骨なコメントやファンタジー動画が投稿されるようになりました。こうした投稿やダイレクトメッセージは、選手本人やその家族にとって「略奪的で搾取的な性的嫌がらせ」と感じられる域に達していました。
- 当事者による告発: 見かねたヴェンベリの妻であるフェリシアがSNS上で不快感を公に表明し、「私たちのキャラクターや関係性に対するセクハラや嫌がらせはもう十分だ」と強く批判しました。その後、アレックス・ヴェンベリ本人も声明を発表し、家族が精神的な負担を強いられている現状を訴えました。
- チーム側の対応と影響: それまでシアトル・クラーケンの公式SNSチームは、トレンドとしてBookTok層を取り込もうと、該当するインフルエンサーを試合に招待するなどして、積極的にコラボレーションを行っていました。しかし、この騒動が表面化したことで批判が強まり、チームは公式アカウントに掲載していたBookTok関連の投稿や動画を、すべて削除・非公開にする対応をとりました。
実在の選手を対象に過度な疑似恋愛や性的なアプローチを持ち込むことの危うさが広く浮き彫りになり、その後のスポーツ界のSNSマーケティングやファン対応における大きな教訓となりました。Alex Wennberg Booktok controversy explained!
この動画では、シアトル・クラーケンのアレックス・ヴェンベリとBookTokの間で起きた騒動の経緯や背景について詳しく解説されています。
作家のレクシー・ラフルール・ブラウンも、実在選手を恋愛対象のように売り出すことと、ホッケーの魅力を読者に伝えることは別だと警鐘を鳴らしています。オハイオ州出身のBookTokクリエイター、トリー・リンドバーグも同じ立場です。
「選手たちは、私たちの本の中にいる理想の彼氏ではありません」
実際の試合で、架空のキャラクターと同じ振る舞いを選手に期待すべきではないというのが、リンドバーグの主張です。
同作の監督を務めたジェイコブ・ティアニーも、NHLはドラマの人気が生んだ好機を十分に生かせていないという趣旨の発言をしています。ただし、「Hot for Hockey」企画そのものを具体的に論評したわけではありません。
📈 ホッケーロマンスが読者を引きつける理由
ホッケーロマンスの人気は、映像化よりも前から広がっていました。
エル・ケネディは2015年、架空の大学ホッケーチームと選手たちの恋愛を描く、『オフ・キャンパス』シリーズの第1作『ザ・ディール(The Deal)』を刊行しました(大学のホッケー選手であるタフな主人公たちと、ヒロインとの間で繰り広げられる王道の恋愛描写やユーモアが特徴)。全5作からなるシリーズの映像版は、配信開始から最初の12日間で3,600万人以上の視聴者を獲得しています。
ベストセラー作家のローレン・ブレイクリーも、読者の関心がホッケーに集まると、、「読者がいる場所へ行く」という方針のもとで、2023年に初のホッケーロマンス『ダブル・パック(Double Pucked)』を発表しました。
ブレイクリーが魅力として挙げるのは、ホッケー特有の優雅さと激しさの共存です。選手たちは氷上を滑らかに滑走する一方、次の瞬間には激しくぶつかり合います。観客席からプレーを間近に感じられる臨場感も、物語の舞台として魅力的です。
さらに、激しい競技に取り組む選手が、親しい人には優しい一面を見せるという人物像も、ロマンス小説の定番と相性がいいようです。
Circanaによると、2025年のスポーツロマンス分野では、紙書籍の売上が前年比で3桁の成長を記録しました。ハンナ・グレースの『アイスブレイカー』は累計500万部以上を売り上げています。
🤝 一過性のブームを長期的なファン獲得へ
競技を知り、チームとのつながりを深める
ホッケーロマンスの人気を実際のファン獲得につなげるには、初観戦の機会を設けるだけでは十分ではありません。
ブレイクリーは、スポーツアリーナで開催するブックフェアや作家イベントが、読者を実際の競技へ導く有効な手段だと考えています。NBAのシャーロット・ホーネッツが開催した書籍関連イベントでは、試合当日に約600人が参加しました。プレデターズの「ホッケーロマンス・ナイト」も、同様の取り組みといえます。
リンドバーグ自身も、夫がコロンバス・ブルージャケッツで働いていた頃、試合へ向かう車内でホッケーロマンスを読んでいました。やがて競技そのものに魅了され、小説を読む機会は減っていったと言います。
彼女を熱心なファンへと変えたのは、ルールについて質問できる友人や家族の存在であり、選手を知り、チームの歴史を学ぶ経験でした。NHLには、初心者向けのルール解説やチーム・選手の紹介、リーグの歴史を学べるコンテンツの充実が求められます。
🛡️ 誰もが安心して楽しめる環境づくり
ファンが長く競技を応援するには、ホッケー界に自分の居場所があると感じられることも重要です。
ラフルール・ブラウンは、小説の中で女性、クィアの人々、BIPOC(黒人・先住民・有色人種)の読者が自分を重ねられるホッケーの世界を描いています。しかし、現実の男子プロホッケー界が、同じように安心できる場所とは限らないとしています。
彼女は、地域社会との関わりを深め、プライド月間や黒人歴史月間の取り組みを支援することに加え、リーグの規定を見直す必要性を訴えています。
特に問題視するのは、リーグに正式な家庭内暴力(DV)ポリシーがないことだ。記事では、NFL、NBA、MLBには、DVに関する申し立ての調査手続きや選手への処分を定めたポリシーがある、と紹介されています。
「私たちがここで安全であり、受け入れられていると感じられることなのです」
彼女がNHLに求めているのは、話題性のある企画だけではなく、ファンが安心して競技を楽しめる環境づくりでなのです。
【讃岐猫😽の深堀りコラム】「歓迎」の演出だけではファンは残らない――NHLに問われる信頼と責任
ホッケーの新規ファンを獲得することと、長く応援し続けてもらうことは別の課題である。話題性のある企画が観戦のきっかけになっても、ファンが競技の世界で尊重されていると感じられなければ、定着にはつながらない。
NHLに求められているのは、包摂性を広報上のスローガンにとどめず、制度と日々の運営に反映させることだ。差別や不適切な行為が起きた際、誰が調査し、どのような基準で対応するのか。その仕組みがリーグへの信頼を左右する。
1. 女性ファンを一面的に捉えていないか
2026年10月21日付のHumber Polytechnicの記事では、NHLのマーケティングが女性ファンを恋愛や選手の容姿への関心だけで捉えることへの批判が紹介されている。
女性ファンも、戦術分析や選手評価、トレードの背景など、競技そのものを深く知ることを望んでいる。初心者向けの解説は必要だが、関心の幅をリーグ側が決めつければ、ファンがホッケーへの理解を深める機会を狭めかねない。
新規ファンを一時的な顧客として扱うのではなく、競技を楽しみ、知識を深めていくファンとして迎えること。それが、話題性を継続的な関心につなげる第一歩である。
2. プライド・ナイトの先に何があるのか
2026年1月29日付の『ワシントン・ポスト』は、ドラマ『Heated Rivalry』の人気を背景にホッケーへ関心を持った人々を取材し、NHLの包摂性をめぐる疑問を報じた。
象徴的なのが、2023年のプライド関連ジャージーをめぐる問題である。NHLは同年、プライド関連のものを含むテーマ別ウォームアップジャージーの着用を禁止した。スティックに巻くプライドテープについても一時禁止したが、その後、方針を撤回した。一方、テーマ別ジャージーの禁止は残っていると同紙は報じている。
リーグ側には統一的な運用を目指すという説明がある。しかし、ファンが気にするのは規則の形式だけではない。自分たちの存在を示す象徴が競技の場から取り除かれたとき、リーグがどのような価値観を優先したのかという疑問が生まれるからだ。
2026年7月の『Review of Journalism』の論考「Whose Ice Is It Anyway?」も、ホッケー報道がクィアの人々の視点を十分に取り上げてこなかったと批判している。リーグの施策だけでなく、誰の経験を重要な問題として報じるかというメディアの姿勢も、競技文化の形成に関わっているのである。
3. DVへの対応に問われる制度の透明性
家庭内暴力(DV)や性的暴力など、選手のオフアイスでの行為への対応も、リーグの信頼を測る重要な指標である。
NHLには、オフアイスでの不適切な行為に対してコミッショナーが処分を科す権限がある。しかし、一般的な懲戒権限と、DVに特化した調査手続きや処分基準を明文化した規定は同じではない。
2023年の『Wisconsin Law Review』に掲載されたサラ・E・キャノンの論文「The Puck Stops Here: A Legal Argument for the Establishment of a Domestic Violence Policy in the National Hockey League」は、NFL、NBA、MLBと比較しながら、NHLの規定の明確さや一貫性に課題があると論じている。
必要なのは、申し立ての調査手順、被害を訴えた人の保護、選手の適正手続き、処分決定の透明性である。明確な基準は、被害を訴える人の保護と、選手に対する公正な手続きの両立につながる。
フォーメントンとの契約が示した課題
2026年9月、エドモントン・オイラーズはアレックス・フォーメントンと1年85万ドルの契約を結んだ。2026年10月21日付のHumber Polytechnicの記事によれば、フォーメントンは、2018年のホッケー・カナダ関連事件をめぐって、性的暴行の罪に問われた元カナダ代表のジュニア選手5人の一人であり、5人は2025年に無罪となっていた。
契約に反対するオイラーズファンのメアリー・ルーウェンはオンライン署名活動を立ち上げ、数日で1万9,000人を超える署名を集めたと報じられている。
ここでは、法的判断とファンの倫理的評価を区別する必要がある。無罪判決を受けた選手を、起訴されたという理由だけで有罪であるかのように扱うことはできない。一方、ファンがチームの契約判断に疑問を呈することもあり得る。
問われるのは、チームが法的判断を尊重するだけでなく、どのような原則に基づいて意思決定したのかを説明できるかどうかである。この事例は、選手の獲得が競技上の戦力評価だけで完結せず、チームとファンの信頼にも関わることを示している。
4. 包摂性を日々の運営に反映できるか
ファンが安心して観戦できる環境を整えるには、理念を掲げるだけでは足りない。アリーナ内の相談窓口や差別的な言動への報告手順、問題発生時の対応を明確にする必要がある。
こうした仕組みは、女性やクィアの人々だけのためのものではない。初めて観戦する人、家族連れ、障害のあるファンを含め、誰もが敬意をもって扱われる環境は、競技全体にとって利益となる。
包摂性とは、特定の人々を特別扱いすることではなく、誰もがホッケーを楽しめる条件を整えることである。
5. 人気を一過性のブームで終わらせないために
ホッケーロマンスや映像作品の人気は、NHLに新たなファンと出会う機会をもたらしている。しかし、話題性をチケットやグッズの売上に結びつけるだけでは、長期的なファンの獲得には不十分である。
ファンが競技を学び、選手やチームの歴史を知り、仲間と応援する喜びを見つけられること。そして、リーグやチームの判断に一定の信頼を持てること。その両方がそろって初めて、一時的な関心は継続的な応援へと変わる。
NHLに必要なのは、歓迎を演出する新たなキャンペーンだけではない。差別や不適切な行為に対する明確な基準と、それを一貫して実行する姿勢である。
ファンが「自分もこの世界の一員だ」と感じられるか。その答えは、リーグの言葉ではなく、制度と行動によって示されるのである。
出典リスト
1. Humber Polytechnic — Carly Mirrlees, “NHL wants women’s attention, fans want accountability”(2026年10月21日)
NHLのホッケーロマンス施策に対する女性ファンや評論家の反応、アレックス・フォーメントンとの契約をめぐる議論を扱った記事。
2. The Washington Post — Bailey Johnson, “As ‘Heated Rivalry’ takes off, the NHL faces questions about inclusion”(2026年1月29日)
『Heated Rivalry』をきっかけにホッケーに関心を持ったファンの声、プライド関連ジャージーをめぐる問題、NHLの包摂性への疑問を報じた記事。
3. The Review of Journalism — Heaven Silver, “Whose Ice Is It Anyway?”(2026年7月1日公開、7月6日付更新)
NHLやPWHLをめぐる報道がクィアの人々の視点をどのように扱っているか、スポーツジャーナリズムの役割を批判的に検討した論考。

4. Wisconsin Law Review / University of Wisconsin Law School — Sarah E. Cannon, “The Puck Stops Here: A Legal Argument for the Establishment of a Domestic Violence Policy in the National Hockey League”(2023年)
NHLのオフアイスでの懲戒権限と、DVに特化した明確な規定の必要性を法的観点から論じた論文。
※本コラムでは、2026年10月下旬までに公表された記事・論考を中心に、契約や制度に関する記述を確認した。なお、DVに関する独立した規定の有無については、リーグの一般的な懲戒権限と、DVに特化した明文化されたポリシーを区別して論じている。
🏆まとめ〜 人気をホッケーへの愛着につなげる
ホッケーロマンスの世界と実際の試合は、別の魅力を持っています。NHLが小説の世界を模倣する必要はありません。
作品をきっかけにホッケーに興味を持った人が、競技を学び、チームやほかのファンとのつながりを深められるようにすること。そして、誰もが安心して観戦できる環境を整えること。それが、ブームを一過性のものに終わらせないための条件となります。
ホッケーロマンス人気を長期的なファン獲得につなげる鍵は、流行をまねることではなく、読者が実際のホッケーにも愛着を持てる仕組みをつくることにあるのです。

ここまで読んでくれて、サンキュー、じゃあね!


