はじめに
2025年2月12日から20日、モントリオールとボストンで開催される「4 Nations Face-Off」では、カナダ、フィンランド、スウェーデン、アメリカ合衆国のトップNHL選手たちが激突します。この大会は、4か国が初めて一堂に会する「ベスト・オン・ベスト」形式のトーナメントです。
NHL.comでは、過去のロースターとラインを振り返る特集を公開中。本記事では、1995年のフィンランド代表の各ポジションに注目し、ユルキ・ルンメ、テッポ・ヌンミネン、ヤルモ・ミリスら実力者たちの活躍を紹介します。
だいぶ先だと思っていた「4 Nations Face-Off」開催まで、あと3週間を切ったんだにゃ。時が経つのは速い…。各世代の躍進いちじるしいフィンランド代表、いよいよ満を持してフル代表がカナダの氷上で真剣勝負に挑む!NHLの将来をも占う、重要な大会だ!
引用元:nhl.com(NHL公式サイト)「 4 Nations Roster Remix: 1995 Finland team」
1995年のフィンランド代表のトップライン
2月12日から20日にかけてモントリオールとボストンで開催される「4 Nations Face-Off」では、カナダ、フィンランド、スウェーデン、アメリカ合衆国のトップNHL選手たちが対戦します。この大会は、最強選手たちが集う「ベスト・オン・ベスト」形式のトーナメントであり、これら4か国が一堂に会する初めてのイベントです。
NHL.comおよびNHL.com Internationalは、過去に遡って各国のロースターとラインコンビネーションを5年ごとにまとめました。ロースターは、現在の4 Nationsチームと同様、13名のフォワード、7名のディフェンス、3名のゴーリーで構成されています。
これらの特集は毎週日曜日に公開され、2月9日まで続きます。
本日は、NHL.com/fiのライター、ヴァルプ・シヴォネンが1995年のフィンランド代表のロースターを紹介します。1994-95シーズンのNHLにはフィンランド人選手が11名しかおらず、ロースターを組み立てるために過去と未来に遡る必要がありました。
フィンランド代表のトップラインには、1994年にニューヨーク・レンジャースで5度目のスタンレーカップを制したエサ・ティッカネン(左ウィング)、バンクーバー・カナックスとシカゴ・ブラックホークスでプレーしていたクリスチャン・ルートゥ(センター)、
そして未来のホッケー殿堂入り選手、ティーム・セラニ(右ウィング)が並びます。セラニはウィニペグ・ジェッツで45試合に出場し、22ゴール・48ポイントを記録しました。
エサ・ティッカネン=現在60歳。NHLの複数のチームでプレー、オイラーズで4回、レンジャーズで1回、計5回のスタンレー・カップ優勝を達成した。1994年にレンジャースで5度目のスタンレーカップを制した後、1994-95シーズンにはセントルイス・ブルースで12ゴール・35ポイントを記録。
クリスチャン・ルートゥ=現在60歳で、スカウトとして活動中。1983年のNHLドラフトでバッファロー・セイバーズに指名され(全体134位)、バッファローで6シーズンプレー。最高記録は1987-88シーズンのゴール26、アシスト46、ポイント71。
その後、シカゴ・ブラックホークス、バンクーバー・カナックスを経て引退。引退後はエスポー・ブルース(フィンランドのプロチーム)のGMやフィンランド・エリートリーグの理事を務め、現在はロサンゼルス・キングスのヨーロッパスカウティング部門ディレクターを務めている。
ティーム・セラニ=現在54歳。NHLで21シーズン活躍。ウィニペグ・ジェッツ、アナハイム・ダックス、サンノゼ・シャークス、コロラド・アバランチでプレーし、「フィンランドの稲妻」として親しまれた。
引退時点でNHL歴代11位の684ゴール、15位の1,457ポイントを記録し、ダックスでは背番号8が永久欠番。1992–93シーズンには、76ゴール、132ポイントを記録して新人最多ゴール数とポイント数の記録を樹立し、カルダー・メモリアル・トロフィーを受賞。
オリンピックでは6度出場し、3度の銅メダル、1度の銀メダルを獲得。オリンピック得点王として通算43ポイントを記録した。2017年にはホッケー殿堂入りし、フィンランドで国民的英雄となり、伝記映画も大ヒット。
セカンドラインには、ペトリ・スクリコ(左ウィング)、ヤンネ・オヤネン(センター)、ヤリ・クーリが組み合わさります。スクリコは1992-93シーズンにサンノゼ・シャークスでプレー後、ヨーロッパでさらに6シーズン(デンマークやフィンランド)を過ごしました。
オヤネンは1992-93シーズンにニュージャージー・デビルスでプレーし、再びヨーロッパに戻りました。
クーリ(右ウィング)は5度のスタンレーカップチャンピオンで、1994-95シーズンにロサンゼルス・キングスで10ゴール・29ポイントを記録しました。
ティーム・セラニとどっちにしようか、最後まで悩んだけど、スタンレーカップを掲げた回数が圧倒的に多い、ヤリ・クーリに。
ペトリ・スクリコ=現在62歳。1980年代にバンクーバー・カナックスで活躍したことが、NHLファンの記憶に残る(プレーオフ2回出場)。現在はエストニア男子アイスホッケー代表のヘッドコーチを務め、それ以前はフロリダ・パンサーズのスカウトをしていた。
ヤンネ・オヤネン=現在56歳。フィンランドのSM-liigaで通算799ポイントを獲得し、歴代最多ポイント獲得者であり、選手生活の大半をタッパラで過ごした。90年代初め、ニュージャージー・デビルズに約3シーズン在籍し、通算98試合出場、21ゴール・23アシストを記録。
ヤリ・クーリ=現在64歳。1980〜2001年までNHLで活躍。エドモントン・オイラーズ、ロサンゼルス・キングス、ニューヨーク・レンジャーズ、マイティ・ダックス・オブ・アナハイム、コロラド・アバランチの5チームでプレー。
オイラーズでは5度のスタンレーカップ優勝を経験し、1985年にレディ・ビング・メモリアル・トロフィー、1985-86シーズンにはNHL得点王に輝いた。2001年にはホッケー殿堂入り、2017年には「NHL史上最も偉大な100人の選手」に選ばれた。
背番号17はエドモントン・オイラーズとジョーカーリット(フィンランドのチーム)によって永久欠番となり、国際大会ではフィンランド代表としても活躍し、2000年にはIIHF殿堂入り。2019年からはジョーカーリットのGM兼オーナー。
若き才能「ヒューイ、デューイ、ルーイ」
「ヒューイ、デューイ、ルーイ1」というニックネームを得たヴィレ・ペルトネン(左ウィング)、サク・コイヴ(センター)、イェレ・レヒティネン(右ウィング)は、1995年のフィンランドが初めてIIHF世界選手権で優勝2し、スウェーデンを破った際(4-1)に重要な役割を果たしました。
ヴィレ・ペルトネン=現在51歳。ペルトネンは1993年のNHLエントリードラフトでサンノゼ・シャークスから3巡目、全体58位で指名。プロキャリアでは、シャークス、ナッシュビル・プレデターズ、フロリダ・パンサーズの3チームで382試合をプレーした。
国際舞台では、フィンランド男子アイスホッケー代表としても活躍し、2016年にIIHFホッケー殿堂入り。
サク・コイヴ=現在50歳。サク・コイヴは1995年にカナディアンズでNHLデビューし、14年間のうち10年間キャプテンを務め、チーム最長記録を樹立。フィンランド代表でもキャプテンを務め、2017年にIIHFホッケー殿堂入り。
イェレ・レヒティネン=現在51歳。ミネソタ・ノーススターズに3巡目で指名され、ダラス・スターズで15年間プレー。守備に優れ、セルケ・トロフィーを3度受賞。引退後はフィンランド代表のゼネラルマネージャーを務め、2018年にIIHFホッケー殿堂入り。
彼らは1993年のIIHF世界ジュニア選手権で初めて一緒にプレーし、その後オリンピックやIIHF世界選手権にも出場しました。1995-96シーズンには、ペルトネンはサンノゼ・シャークス、コイヴはモントリオール・カナディアンズ、レヒティネンはダラス・スターズに加入しました。
フォースラインには、ヴェサ・ヴィタコスキ(左ウィング、カルガリー・フレイムス)、ミッコ・マケラ(右ウィング、ボストン・ブルーインズ)、そして後にNHL初のヨーロッパ人ゼネラルマネージャーとなるヤルモ・ケカライネン(センター)が加わります。
ヴェサ・ヴィタコスキ=現在53歳。ヴィタコスキはフィンランドのラッペーンランタ出身で、サイパでキャリアを始め、降格後タッパラ・タンペレに移籍。その後、1992年の世界選手権でフィンランド代表として活躍し、カルガリー・フレームズと契約。
NHLで23試合に出場し、2ゴール、4アシストを記録。AHLでは178ポイントを獲得したが、NHLでブレイクすることはなかった。1996年にヨーロッパに戻り、フィンランドのイルヴェス等でプレー。2008年にはケルペートと契約した。
ミッコ・マケラ=現在59歳。「フライング・フィン」の異名を持つ。1983年のNHLドラフトでニューヨーク・アイランダースに指名され、1985-86シーズンにNHLデビュー。アイランダーズで95ゴールを記録後、ロサンゼルス・キングス、バッファロー・セイバーズなどを経て、ヨーロッパでプレー。
1994-95シーズンのロックアウト後にボストン・ブルーインズで復帰し、キャリアを締めくくった。NHLでは423試合出場、118ゴールを記録。引退後はカナダでコーチ業に転身し、現在はワーナー・ホッケー・スクールでヘッドコーチとして活動している。
ヤルモ・ケカライネン=現在58歳。ヨーロッパでのプレーが主だが、ボストン・ブルーインズ(89-90、90-91の2シーズン)とオタワ・セネターズ(93-94の1シーズン)でNHLで短期間プレーしたことがある。
引退後はチームのスタッフを務めており、最も有名なのは2013年から2024年までのコロンバス・ブルージャケッツのGMである(2022年オリンピックのフィンランド代表チームのアシスタントGMも)。
ケカライネンは1993-94シーズンにオタワ・セネターズでプレーし、その後スウェーデンで1シーズンを過ごして引退しました。ヤルコ・ヴァルヴィオ(スターズ)は13番目のフォワードとしてチームに選ばれました。
ヤルコ・ヴァルヴィオ=現在52歳。1992年のNHLドラフトでミネソタ・ノーススターズに指名され、ダラス・スターズで2シーズンプレー(93-94、94-95)。NHL通算13試合で3ゴール、4アシストを記録。引退前にヨーロッパでプレーし、2005年に現役を引退した。
経験豊富なディフェンスライン
1994-95シーズンのフィンランド代表のディフェンスラインには、7人の選手が選ばれました。まず、トップペアにはユルキ・ルンメ(カナックス)とテッポ・ヌンミネン(ジェッツ)が組み合わさります。
ユルキ・ルンメ=現在58歳。イルヴェス・タンペレでキャリアをスタートし、1988年にモントリオール・カナディアンズに入団。2年目にバンクーバー・カナックスにトレードされ、9シーズンで大きな成功を収めた。
カナックスでは4回年間最優秀ディフェンスマンに選ばれ、1994年のスタンレーカップファイナル進出にも貢献。キャリア終盤にはフェニックス・コヨーテズ、ダラス・スターズ、トロント・メープルリーフスでプレー。2005年、フィンランドに戻りイルヴェスでプレー後、引退し共同オーナーとなった。
テッポ・ヌンミネン=現在56歳。SMリーガのタッパラとトゥト、NHLのウィニペグ・ジェッツ、フェニックス・コヨーテズ、ダラス・スターズ、バッファロー・セイバーズで活躍した。国際的には、フィンランド男子アイスホッケー代表チームで活躍し、2013年に IIHF殿堂入り。
心臓手術から復帰した不屈の男。また引退した2009年、出場数は1,372試合に上り、これはスタンレーカップを獲得していない現役NHL選手の中で最多出場選手(当時)だった。
ここもルンメとどっちにしようか悩んだけど、好きなチーム=コヨーテズに居たヌンミネンを!
両選手とも豊富な経験を持ち、ホッケーに対する深い理解力を持っていたため、堅実な守備を期待できる選手たちです。次に、セカンドペアにはヤンネ・ラウッカネン(ケベック・ノルディクス)とレイヨ・ルオツサライネン(エドモントン・オイラーズ)が組みます。
ヤンネ・ラウッカネン=現在54歳。NHLでケベック・ノルディクス、コロラド・アバランチ、オタワ・セネターズ、ピッツバーグ・ペンギンズ、タンパベイ・ライトニングでプレー。レギュラーシーズンで407試合出場、22ゴール、121ポイント。
1994年と1998年の冬季オリンピックで銅メダルを獲得。引退後はフィンランドのマイナーホッケーリーグチームで働いている。
レイヨ・ルオツサライネン=現在64歳。フィンランドのトップディフェンスマンに2度選ばれ、エドモントン・オイラーズで1987年と1990年に2度スタンレーカップを獲得。レンジャーズ時代、その能力を買われてフォワードにコンバート。84-85シーズンには、73ポイントでポイント王になっている。
ルオツサライネンはスタンレーカップを2度制した実力者で、ラウッカネンにとっては素晴らしい指導者となるでしょう。ルオツサライネンは1998年に引退しました。
サードペアには、ヴィレ・シレン(フィンランドリーグのイルヴェス)とヤリ・グロンストランド(タッパラ)が組むことが予想されます。シレンは1999年に引退した後、現在はコロンバス・ブルージャケッツのアマチュアスカウト責任者を務めています。
ヴィレ・シレン=現在59歳。現在、コロンバス・ブルージャケッツの主任アマチュアスカウトを務めている。以前はセントルイス・ブルース、ワシントン・キャピタルズ、イルヴスのスカウトとして勤務していた。NHL通算290試合出場、14ゴール・68アシスト。
ヤリ・グロンストランド=現在62歳。NHLではミネソタ・ノーススターズ、ニューヨーク・レンジャーズ、ニューヨーク・アイランダーズ、ケベック・ノルディクスでプレー。SMリーガでもタッパラで活躍。国際大会では1986年世界選手権と1987年カナダカップでフィンランド代表として活躍。
グロンストランドは1989-90シーズンにミネソタ・ノーススターズでNHLキャリアを終え、その後ヨーロッパでプレーしました。最後に、ピーター・アホラがセブンディフェンスマンとしてチームに選ばれました。アホラは1993-94シーズンにカルガリー・フレイムスでプレー後、2003年に引退しました。
ピーター・アホラ=現在、56歳。アホラはNHL91-92シーズンでロサンゼルス・キングスの新人選手として活躍し、+12の±値でチームをリード。また、71試合で7ゴール、12アシストを記録。
翌シーズン、ジェフ・チチュルンとの交換でピッツバーグ・ペンギンズに移籍し、その後サンノゼ・シャークス、タンパベイ・ライトニング、カルガリー・フレームスにトレードされ、4度の移籍を経験。フレームスでは2試合しかプレーせず、その後マイナーリーグに降格。
NHL通算123試合で10ゴール、17アシスト、27ポイントを記録。1994年にフィンランドのSMリーガに復帰し、2001年にスウェーデンのエリツェリエンに移籍、2003年に引退した。
ゴーリー陣の活躍と成長
フィンランド代表のゴーリーには、ヤルモ・ミリス、カリ・タッコ、ヤニ・フルメが選ばれました。1995年当時、フィンランドにはトップNHLゴーリーやヴェジナ賞受賞者はまだ登場していませんでした。
ミリスは1991-92シーズンにサンノゼ・シャークスで唯一のフィンランド人ゴーリーとしてプレーし、その後ヨーロッパに戻り、2005年まで活躍しました。彼はオリンピックで銀メダル(1988年)と銅メダル(1994年、1998年)を獲得し、IIHF世界選手権で金メダル(1995年)を含む4つのメダルを獲得しました。ミリスはこの大会でフィンランドのスタートゴーリーを務めることが予想されます。
ミリスがNHLでプレーしている映像が少ないため、スウェーデンで背番号「35」が永久欠番になった映像を。
ヤルモ・ミリス=現在59歳。1987年のNHLエントリードラフトで、ミネソタノーススターズに第9巡目で指名された(総合172位)。現在、EBELのオーストリアのホッケーチームEC KACのゴールキーピングコーチす。背番号35は、2011年にスウェーデンのチーム、ルレオで永久欠番。
カリ・タッコは1990-91シーズンにノーススターズとオイラーズでプレーし、その後ヨーロッパでプレーを続け、2000年に引退しました。タッコはミリスのバックアップゴーリーとして起用される可能性が高いです。
カリ・タッコ=現在62歳。NHL(1986-1991)とSMリーガ(1979-1985, 1991-1997)でプレー。1984年冬季オリンピックにも出場。現在、フィンランドのチームであるポリン・エッサットのスポーツマネージャー補佐とダラス・スターズのヨーロッパスカウティングディレクターを兼務。
その他のNHL経験のあるゴーリーたちは1995年までにヨーロッパリーグで引退していたため、サードゴーリーはフルメが務めることになるでしょう。フルメは1994-95シーズンにはフィンランドでプレーし、その後オタワ・セネターズに加わりました。
ヤニ・フルメ=現在49歳。2000〜2003年にオタワ・セネターズとフロリダ・パンサーズで76試合に出場。フィンランドのSM-liigaでもプレーし、1997年にオタワにドラフト指名された(総合58位)。国際大会では、2002年冬季オリンピックと2003年世界選手権でフィンランド代表として活躍。
まとめ
1995年のフィンランド代表は、エサ・ティッカネンやテーム・セルアニなどのベテラン選手に加え、若手選手も活躍し、IIHF世界選手権で初優勝を果たしました。フィンランドホッケーの黄金時代を築いた重要なメンバーが揃ったチームでした。
ディフェンス陣ではルンメ、ヌンミネン、ルオツサライネンが安定感を発揮し、ゴーリー陣のミリス、タッコ、フルメが守備力を高め、フィンランドの金メダル獲得に大きく貢献しました。
ここまで読んでくれて、サンキュー、じゃあね!
【註釈】
- カール・バークスが創作した三つ子の漫画キャラクターで、ドナルドダックの甥、スクルージ・マクダックの孫甥。彼らは黄色がかったオレンジ色のくちばしと足を持つ擬人化された白いアヒルで、シャツと帽子の色で区別される(ヒューイは赤、デューイは青、ルーイは緑)。
元々はドナルドの短気さを刺激するトラブルメーカーだったが、後の登場ではヒーローとして成長し、冒険を通じてドナルドやスクルージにとって重要な存在となる。
↩︎ - 1995年4月23日〜5月7日、スウェーデンで開催されたアイスホッケーのチャンピオンシップで、フィンランドは決勝でスウェーデンを4-1で破り、初の金メダルを獲得。フィンランドのゴールはティモ・ユティラとヴィレ・ペルトネンによるものであり、ペルトネンはハットトリックを達成。
決勝戦後、スウェーデンの応援歌「Den glider in」はフィンランドでも人気となった。なお、決勝だけでなく、フィンランドはグループ・リーグでも、6-3でスウェーデンを降している。 ↩︎